任意整理で特定の債権者の債務だけ一括弁済しても良いか?

任意整理とは、弁護士や司法書士に代理人となってもらい、債権者との間で利息のカットや債務額の減額、分割弁済の和解を取り付けてもらう手続きをいいます。

自己破産や個人再生などの手続きと異なり裁判所に申し立てをする必要がなく、債権者の一部だけを対象としてまたは債権者の一部だけを除外して手続きを進めることができることから、借金や債権者に応じて柔軟な解決方法が見込める点がこの任意整理の大きな特徴となっていえるでしょう。

▶ 任意整理で一部の債権者だけを処理することはできる?

ところで、任意整理の場合にはこのように特定の債権者だけを対象として、または特定の債権者を除外して手続きを行うことも可能ですが、では、特定の債権者だけを対象として任意整理をした場合に、そのうちの一部の債権者の債務だけを一括弁済するというような和解をすることは可能なのでしょうか?

自己破産の場合には「債権者平等の原則」の理念から特定の債権者だけに弁済してしまうことは「偏波弁済(※特定の債権者にだけ返済をすること)」として免責不許可事由の問題を生じさせますが、任意整理の場合には法律で直接「債権者平等の原則」が規定されているわけではないため問題となります。

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任意整理で一部の債権者の債務だけ一括弁済することも原則としては差し支えない

前述したように、任意整理の手続きにおいて、特定の債権者にだけ一括して弁済をして債務を完済させ、他の債権者の債務については分割弁済という和解を組むことはできるのか、という点が問題となりますが、結論からいうと、任意整理の対象とした債権者のうち一部の債権者についてだけ一括弁済の和解を取り結び、他の債権者は分割払いの和解を組むことも、それ自体はすることが可能です。

もちろん、このような和解をしてしまうと、一括弁済を受けられない債権者の側からすれば「よその債権者の債務は一括して弁済するくせになんでうちの債務は分割でしか返済しないんだよ」と不満が生じるかもしれません。

しかし、任意整理の手続きでは他の債権者とどのような和解をしたかという点を告知しなければならない義務はありませんし、自己破産の手続きのように「債権者平等の原則」が法律上義務付けられているわけではありませんから、このように一部の債権者だけ一括弁済してしまうことも否定されないのです。

ただし、一部の債権者だけに一括弁済できるのは合理的な理由がある場合だけと考えるべき

前述したように、任意整理の手続きでは一部の債権者だけ一括弁済して完済させることも否定されるものではありません。

ただし、このように任意整理の対象となった債権者のうち、一部の債権者に対する債務だけを一括弁済で完済させて他の債権者は長期の分割払いにするというような変則的な和解は、そうすることに合理的な理由がある場合に限られると考えるべきでしょう。

なぜなら、任意整理も債務整理の手続きの一つであり、債権者側に一定の譲歩を求める手続きである以上、法律で明確に定められていないにしても「債権者平等の原則」という理念は一定の範囲で尊重すべきだからです。

たとえば、債権者Aに対する債務が72万円、債権者Bに対する債務が108万円、債権者Cに対する債務が10万8千円であったような場合には、「債権者平等の原則」に忠実に従うとするならばA・B・Cすべてを平等に扱わなければなりませんので、36回払いで分割払いを組む場合には計算上、Aに対して毎月2万円、Bに対して毎月3万円、Cに対して毎月3,000円の返済が必要になります。

しかし、毎月の振込手数料を考えれば、Cの僅か7万2千円を36回の分割払いにするよりも、Cに対しては一括払いで和解して、その分AやBの毎月の額を2~3千円増やす方が効率的ですしCの金銭的な負担も少なくなるでしょう。

そのため、このようなケースの場合には、一部の債権者(この場合はC)についてのみ一括弁済で債務を完済させることも合理的な理由があると考えられますから、Cについての債務を一括して弁済してCの債務を消滅させ、残りのAとBの債務だけを36回の分割で弁済していくのも問題ないように思います。

一方、この場合にたとえばCの債務が54万円残っていた場合にはどうなるでしょうか?

仮にCの債務が54万円のこっていたとすれば、36回払いで完済させようとすると毎月1万5千円の返済が必要となりますが、このような場合にCの債務だけを一括で弁済してAとBは分割で支払うことは可能といえるでしょうか?

もちろん、仮にCにだけ54万円を支払ってCの債務を完済させることは可能です。

なぜなら、そのような和解をしても、AやBからするとCとの間でそのような和解がなされたことは分かりませんから、AやBから苦情が来ることもないと考えられるからです。

しかし、倫理的には問題が残ります。

前の例ではCの債務がAやBと比較して極端に少額であったため毎月の振込手数料や債務者の振り込みの手間を考えればCだけを一括弁済してしまうことにも合理的な理由がありましたが、Cの債務がAやBとさほど変わらないこのケースでは、Cの債務だけを一括して弁済してしまうことに合理性があるとは思えません。

このようなケースでは、Cの債務をAやBと同様に36回で分割払いにしても特に差し支えありませんし、AやBとの公平性を考えればむしろそうするべきでしょう。

ですから、このようなケースでは、Cだけを特別扱いして一括弁済しなければならない合理的な理由はありませんから、Cだけを特別扱いすることは倫理的に「いかがなものか」という疑義が生じてしまうのです。

任意整理後に返済が行き詰まった場合には自己破産の際に問題になる可能性もある

上記のように、任意整理の場合には自己破産の手続きなどで求められる「債権者平等の原則」は直接的には法定されていませんから、特定の債権者だけ一括して弁済し、他の債権者を分割払いとするような変則的な和解を取り結ぶことも可能です。

しかし、これは何も任意整理の場合には「債権者平等の原則」を一切無視してよいという意味ではありません。

前述したように、特定の債権者に対する債務だけを一括して弁済し完済させることに合理的な理由があれば別ですが、そうでないような場合にまで特定の債権者を特別扱いすることは倫理上問題が発生するでしょう。

また、仮にそのような和解が整ったとしても、任意整理で合意した分割弁済が途中で行き詰り、結果的に自己破産するしかなくなったような場合には、事実上の不利益が生じないとも限りません。

たとえば、前述の例で仮に債権者Cの54万円の債務を一括して弁済し、残りのAの債務72万円とBの債務108万円をそれぞれ2万円と3万円ずつ分割して弁済するいう和解を結んだにもかかわらず、数か月後に資金繰りが悪化してAとBへの返済ができなくなったと仮定しましょう。

この場合には最終的に自己破産の申し立てをするしかありませんが、このようなケースで自己破産を裁判所に申し立てをした場合には、「何でCに54万円も一括弁済しているの?」「Cに一括弁済する時点で自己破産をしておけばその54万円をAやBにも配当として分配できていたんじゃないの?」と厳しく追及されてしまうことになるでしょう。

(※仮に裁判所や破産管材人がこれを問題とした場合には「偏波弁済」として免責不許可事由として調査するかもしれませんし、そうなると自己破産の手続きが相当面倒になります)

ですから、特段の合理性がないにもかかわらず、任意整理で特定の債権者の債務だけ一括弁済してしまうことは、倫理的に問題があるだけでなく、このような事実上の不利益が生じるリスクがあることは認識しておくべきかと思います。

最終的には依頼を受ける弁護士や司法書士の思想による

以上のように、任意整理の手続きでは「債権者平等の原則」は法律で義務付けられているわけではありませんので、特定の債権者に対する債務だけを一括して弁済し完済させることも可能ですが、そのように特定の債権者だけを特別扱いすることに合理性がない場合には、そうすることに倫理的な問題を生じさせますし、仮に後に自己破産に移行した場合には「偏波弁済」として問題にされるリスクもあるということができます。

もっとも、実際の任意整理の手続きで特定の債権者に対する債務だけを一括して弁済するかしないかは、依頼する弁護士や司法書士が本人の意向を確認したうえで結論を出すと思いますので、あまりにも他の債権者の利益を害するような場合や、後に自己破産に移行しても問題が発生するような場合には、弁護士や司法書士もOKは出さないでしょう。

しかし、「他の債権者にバレないなら何をやってもOK」と考えているような弁護士や司法書士がもし存在しているとしたら、安易に特定の債権者に対する債務だけを一括弁済する和解を取り結んでしまい、あとで問題になるケースもあるかもしれませんので、弁護士や司法書士に依頼をする債務者の側としても、任意整理で特定の債権者の債務だけ一括弁済してしまうことには上記のような問題点もあるということは理解しておくべきではないかと思います。