急速な高齢化が進む現代の日本では、認知症によって判断能力にトラブルを抱えてしまう人も多くなっているようです。
認知症等によって判断力に問題が生じれば当然、個人の経済活動も支障をきたす場面があると思いますが、一番厄介なのは、そういった認知症等によって判断力が低下した人に借金などの負債があった場合です。
認知症等によって判断力が低下すれば借金の返済もままならなくなるでしょうから、督促や訴訟、差し押さえを受けるなど日常生活に支障をきたす場面も多くあるやもしれません。
そうなれば当然、同居する家族の負担も大きくなるでしょうから、できれば早めに自己破産などの法的手段を用いて適切に処理したいと思うのも無理からぬところでしょう。
では、そのように借金を抱えた親などが認知症等によって判断力が低下した場合、具体的にどのようにして自己破産などの手続きを取ればよいのでしょうか?
認知症等によって判断力が低下してしまえば、本人の意思で自己破産など債務整理の手続きを取ることが困難になるものと考えられるため問題となります。
家庭裁判所に「後見開始の申し立て」をするのが先決
認知症等によって判断力が低下している人について自己破産などの債務整理を行いたい場合には、まず最初にその判断力が低下した本人について「後見開始の申し立て」を行うことが必要でしょう(民法第7条ないし8条)。
【民法第7条】
精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。
【民法第8条】
後見開始の審判を受けた者は、成年被後見人とし、これに成年後見人を付する。
認知症等に罹患した場合であっても、時によっては判断力が正常に機能する場合もありますので、認知症等になった人のすべてに「後見開始の申し立て」が必要と言うわけではありません。
しかし、判断力(事理弁識能力)に問題が生じている状態では日常生活における法律行為や裁判所における訴訟行為を行うのに支障がありますから、認知症等によって判断力が低下した家族のために自己破産などの債務整理を行う場合には、まずその前提として家庭裁判所に「後見開始の申し立て」を行い、裁判所から「成年後見人」を選任してもらい、その選任された「成年後見人」に本人の代わりに自己破産の申し立てなどの手続きを進めてもらうことが必要なのです。
「成年後見人」を選任してもらえば、その家庭裁判所から選任された「成年後見人」が、認知症等によって判断力が低下した本人に代わって弁護士や司法書士に相談し、弁護士や司法書士との間で自己破産の手続きを依頼する委任契約を結ぶことができます。
また、裁判所に自己破産の申し立てを行う場合にも、本人に代わって申立人となり、手続きを進めることができますから、認知症等によって判断力が低下した本人が直接関与することなく、自己破産などの手続きを進めることも可能となります。
ですから、認知症等によって判断力が低下した本人に自己破産等の手続きが必要な場合には、まず最初に家庭裁判所に「後見開始の申し立て」を行うことが必要となるのです。
成年後見の申し立てと自己破産の手続きをまとめて依頼すればよい
このように、認知症等によって判断力が低下した本人に自己破産などの手続きが必要な場合には、まず最初に「後見開始の申し立て」が必要となりますが、「後見開始の申し立て」自体も法律上の知識を必要としますので、その「後見開始の申し立て」の手続き自体を行うに際しても弁護士や司法書士に依頼する方が無難です。
そうすると、後で結局、自己破産の手続きも弁護士や司法書士に依頼することを考えれば、最初から一つの弁護士または司法書士事務所に相談し、「後見開始の申し立て」と「自己破産の申し立て(もしくは他の債務整理手続き)」の両方の手続きを依頼すれば足りることになります。
もちろん、「後見開始の申し立て」と「自己破産の申し立て」を別々の事務所に依頼しても差し支えはありませんが、被後見人となる認知症等によって判断力が低下した本人に借金がある場合は、双方の手続きにその借金の問題が絡んできますので、特に別々の事務所に依頼しなければならないような事情がないのであれば、双方の手続きを一つの事務所に依頼すべきかと思います。
「成年後見人」には家族が就任してもよい
「後見開始の申し立て」を家庭裁判所に行った場合、裁判所から「成年後見人」が選任されますが、その「成年後見人」には家族の誰か一人が就任してももちろん構いません。
たとえば、息子夫婦と同居する息子の父親が認知症等によって判断力が低下している場合には、その「息子」が家庭裁判所に「後見開始の申し立て」を行い、その「息子」が「成年後見人」に就任して認知症等によって判断力が低下した父親に代わって自己破産などの手続きを進めていくことも可能です(※注1)。
(※注1:実際には成年後見人になった息子が弁護士や司法書士に自己破産を依頼し、弁護士や司法書士に自己破産の手続きを進めてもらうことになります)
もちろん、後見人として適当かどうかという点を家庭裁判所の裁判官によって厳しくチェックされるのは当然ですが、家族がその後見人としての職責を果たせる状況であれば選任されるのが普通です。
ですから、手続きを依頼する弁護士や司法書士とよく相談し、自分が後見人としての職務を全うできるというのであれば、後見人候補者として家庭裁判所に申告してみるのもよいでしょう。
もっとも、自分が後見人になりたくない場合は、手続きを依頼する弁護士や司法書士に後見人になってもらってもよいですし、それに支障がある場合は家庭裁判所から後見人を選任してもらっても構いません。
また、後見人は一人ではなく複数人が就任しても構いませんので、弁護士や司法書士に依頼する場合は、家族のうちの一人と事件を依頼する弁護士(または司法書士)がそれぞれ成年後見人に就任し、2人で後見業務を行うというのでも構わないでしょう。
家庭裁判所から成年後見人が選任されれば、その成年後見人を申立人として自己破産等の申し立てを行って借金を処理する
家庭裁判所から成年後見人が選任されれば、あとはその成年後見人が弁護士や司法書士に自己破産等の債務整理の手続きを依頼し、借金の整理を進めていくことになります。
(※先ほども述べたように、最初から「後見開始の申し立て」と「自己破産の申し立て」を同一の弁護士や司法書士に依頼していた場合は、その最初に依頼した事務所ですべてやってもらえます)
この場合、裁判所から審尋や債権者集会などの関係で申立人本人が呼び出される場合には、家庭裁判所から選任された成年後見人が本人の代理人となって出廷し、本人に代わって説明等をする必要がありますので、認知症等によって判断力が低下している本人が裁判所に行く機会はまずないと考えてよいでしょう(その代わり、家族が成年後見人に就任した場合はその成年後見人になった家族が出廷しなければなりませんが…)。
自分が後見人になった場合は、自己破産した後も後見人としての職務は最期まで続ける必要がある
以上のように、借金のある家族が認知症等によって判断力が低下している場合には、その本人について「後見開始の申し立て」を家庭裁判所に行い、成年後見人を選任してもらうことで、その家庭裁判所から選任された成年後見人によって自己破産の申し立てを行い、その判断力が低下した本人に代わって借金を処理することが可能です。
もっとも、この場合に注意すべきは、借金を処理するために「後見開始の申し立て」を行い、その後に「自己破産の申し立て」を行って借金の問題が解決した場合であっても、その後見人の業務は継続されるという点です。
「後見開始の申し立て」は成年後見人を選任して、判断能力(事理弁識能力)が低下した本人の生活を補助するためのものですので、自己破産等によって借金問題が片付いた後も、選任された成年後見人は後見人としての職責を継続して果たさなければなりません。
ですから、もし仮に家族が成年後見人に就任した場合には、自己破産の手続きが終了した後も後見人としての職務を続けなければならないので注意しましょう。
具体的には、成年後見人になった場合には、その成年被後見人(認知症で判断力の低下している本人)の財産を適切に管理して裁判所に報告したり、裁判所からの調査に資料を提出したりする必要がありますので、そういった手続きに関与したくないというのであれば、最初から弁護士や司法書士に成年後見人になってもらうように頼んでおいた方がよいかもしれません。
なお、弁護士や司法書士に成年後見人になってもらった場合には、当然その弁護士や司法書士に報酬を支払わなければなりませんので注意が必要です(※ただし、その費用は成年被後見人の資産から支弁することができます)。
最期に
このように、借金のある家族が認知症等によって判断力が低下している場合において、督促や訴訟の提起、差し押さえなどの問題が生じうる状況にある場合には、「後見開始の申し立て」を行い成年後見人を選任してもらったうえで、その選任された成年後見人から「自己破産の申し立て」を行うことで、その認知症等によって判断力が低下している本人の借金を処理することが可能です。
ですから、もし仮に家族がそのような状況にあるのであれば、早めに弁護士や司法書士に相談し、「後見開始の申し立て」が可能か否か、また「自己破産の申し立て」が可能か否かといった点を十分に協議して適切な対処をすることが求められるといえるでしょう。