自己破産で生命保険が解約される場合と解約されない場合

自己破産の申立を行った場合、申立人が保有する資産は全て裁判所(破産管財人)に取り上げられて売却され、その売却代金が債権者に分配(配当)されるのが一般的な取り扱いとなります。

自己破産の手続きは、借金の返済ができなくなった人をその負債から解放させ生活を再建させることを目的とした手続きですが、債権者に多大な経済的損失を与えてしまう以上、所有する全ての財産を換価しても弁済できない債務についてだけ免責(借金の返済が免除されること)を認めるのが適当であって、申立人の資産の清算処理をする必要があるからです。

自己破産で裁判所(破産管財人)に取り上げられて売却される資産としては、土地や建物などの不動産や自動車、ブランド品のバッグや腕時計、貴金属などが代表的ですが、生命保険についても換価の対象となるのが原則です。

もちろん、申立人が加入している生命保険自体を売却することはできませんが、生命保険を解約した場合にはそれまでの契約年数に応じて解約返戻金が払い戻されるのが通常ですので、その解約返戻金自体は資産としての価値を有しています。

そのため、裁判所(破産管財人)が申立人に代わって強制的に解約すればその解約返戻金を受け取ることが可能であり、その払い戻された解約返戻金は各債権者の債権額に応じて案分配当することができますから、自己破産の手続きにおいては申立人が加入する生命保険は全て裁判所(破産管財人)に強制解約され、その解約返戻金が債権者に分配(配当)されることになるのです。

もっとも、自己破産の申立人が生命保険に加入している場合であっても、その全ての生命保険が強制解約の対象となるのではなく、一定のケースでは強制解約の対象とはならずに自己破産の申立人が申立後も契約を継続できる場合もあるのが実情です。

では、自己破産の申立人が生命保険の加入している場合に、具体的にどのようなケースでは生命保険が強制解約の対象となり、どのようなケースで強制解約の対象とならないのでしょうか?

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自己破産で生命保険が強制解約される場合

(1)一つの生命保険の解約返戻金が20万円を超えている場合

一つの生命保険の契約で発生する解約返戻金が20万円を超えている場合には、自己破産の申し立てをした際に裁判所から選任される破産管財人に強制的に解約され、その解約によって保険会社から払い戻される解約返戻金が債権者に分配(配当)されるのが原則的な取り扱いです。

前述したように、自己破産の申し立ては清算手続きの側面を有していますから、生命保険の解約返戻金のような資産がある場合には、その資産は債権者に分配(配当)し、それでもなお生産できない債務についてのみ自己破産の免責(借金の返済が免除されること)が認められることになるからです。

【なぜ「20万円」が基準になるのか?】

この点、なぜ「20万円」が基準となっているかという点が問題となりますが、これは自己破産の手続きで裁判所から選任される破産管財人の報酬の最低金額がほとんどの裁判所で20万円とされているからです。

自己破産の手続きにおいて申立人の資産を売却したり、債権者に配当したり、申立の内容について調査したりするためには、裁判所が破産管財人(※裁判所の管財人名簿に登録されている弁護士が就任します)を選任する必要がありますが、破産管財人もボランティアではありませんので、自己破産の申立人がその報酬を支払わなければなりません。

この点、ほとんどの裁判所では破産管財人の報酬の最低金額を20万円と設定していますが、仮に債権者に配当に回す資産が20万円を下回る金額のものしかない場合には、20万円よりも少ない資産を債権者に分配するために申立人から20万円を支払わせるということになってしまい、不都合な結果となってしまいます。

そのため、生命保険が強制解約されるかされないかは、解約返戻金が20万円を越えるか超えないかという点で判断されることになり、20万円を下回る金額しかない場合には、あえて破産管財人を選任せずに、生命保険の契約を申立人にそのまま保有させる取り扱いにしているのです。

(2)一つの生命保険の解約返戻金が20万円を越えなくても、他の保険の解約返戻金と合計すれば20万円を超えている場合

前述したように、一つの生命保険の契約で解約返戻金が20万円を超える場合にはその生命保険は破産管財人に強制解約されるのが通常ですが、仮に一つの生命保険の解約返戻金が20万円を超えない場合であっても、他の生命保険や医療保険、がん保険などの解約返戻金の金額と合計した金額が20万円を超えるような場合には、その合計される全ての保険が強制解約の対象となります。

たとえば、自己破産の申立人がA社の生命保険とB社の医療保険、C社のがん保険の3つの保険に加入しているとして、A社の生命保険の解約返戻金が10万円しかないような場合には、生命保険の解約返戻金が20万円を越えていませんから、前述したようにA社の生命保険は強制解約されないのが通常の取り扱いとなります。

しかし、この場合にB社の医療保険の解約返戻金が15万円あったとすると、A社の生命保険とB社の医療保険の解約返戻金が合計で20万円を超えてしまいますから、A社とB社の保険はどちらも強制解約されることになります。

また、仮にこの場合にB社の医療保険の解約返戻金が5万円しかなかった場合にはA社とB社の解約返戻金を合計しても15万円にしかなりませんから強制解約の対象とはなりませんが、この場合であっても仮にC社のがん保険の解約返戻金が7万円あったとすると、A社とB社とC社の解約返戻金の合計が22万円となり、基準額である20万円を超えてしまいますから、このような場合にはA社とB社とC社の保険すべてが強制解約の対象となり、払い戻された解約返戻金22万円が債権者に分配(配当)されることになります。

このように、生命保険や医療保険、がん保険など解約返戻金の発生する保険は、自己破産の手続きにおける「資産」の計算では、全て「保険」に関する資産として合算して計算されるのが実務上の取り扱いとなっていますので、仮に生命保険1社の解約返戻金が20万円を超えない場合であっても、他の保険の解約返戻金と合計して20万円を超える場合には、その合計したすべての保険が破産管財人による強制解約の対象となりますので注意が必要です。

(3)生命保険の解約返戻金以外の資産と合計して50万円を超えている場合

前述したように、一つの生命保険の契約で解約返戻金が20万円を超えない場合であっても、他の生命保険や医療保険、がん保険などの解約返戻金の金額と合計した金額が20万円を超えるような場合には、その合計される全ての保険が強制解約の対象となりますが、仮に他の保険の解約返戻金と合計して20万円を超えない場合であっても、保険以外の他の資産の時価総額と合計して50万円を超える場合には、その資産の全てが破産管財人の換価対象となりますので(※ただし裁判所によって異なります)、そのような場合には、たとえ生命保険の解約返戻金がごく少額しかなかったとしても、破産管財人から強制解約される可能性があります。

たとえば、前述の例で、A社の生命保険の解約返戻金が10万円、B社の医療保険の解約返戻金が5万円しかなかった場合にC社のがん保険の解約返戻金も1万円しかなかった場合には、全ての保険の解約返戻金を合計しても16万円にしかならないため、通常であれば管財費用(破産管財人の報酬)に満たないことから強制解約の対象とはならないのが通常です。

しかし、この場合に、貴金属店に行けば15万円で売れるダイヤのネックレスと、リサイクル店に持っていけば12万円で買い取ってもらえるブルガリの腕時計と、秋葉原に行けば8万円で買い取ってもらえるフィギアを所有している場合には、それぞれの資産の価格は20万円を超えていませんが、生命保険の解約返戻金の合計金額とこれらの時価総額を合計すると51万円となり、50万円を超えてしまいますから、これらすべて(ABC3社の保険とネックレスと腕時計とフィギア)が破産管財人に売却(保険の場合は強制解約)されて債権者に分配(配当)されることになるのが実務上の取り扱いとなります。

このように、他の資産と合計して50万円を超える資産がある場合には、申立人の自由財産とするには金額が大きすぎるため、裁判所(破産管財人)の判断によって換価され、債権者に分配(配当)されることになるのです。

※ただし、上記のように他の資産の時価総額と合計して50万円を越える資産を全て換価対象とするかしないかは各裁判所によって対応が異なります。

裁判所によっては、他の資産と合計して50万円を超える場合であっても破産管財人が換価の対象とせず、自己破産の申立人の自由財産として認めているところもあるようですし、ケースによっては50万円を超えない場合でも換価の対象とされる場合もある様です。

(※詳しくは申立を予定している裁判所で確認してください)

自己破産で生命保険が強制解約されない場合

(1)生命保険20万円を超えておらず、かつ、他の資産の時価総額と合計しても50万円を超えない場合

前述したように、一つの生命保険の解約返戻金が20万円を越えていたり、一つの保険の解約返戻金が20万円を越えていなくても他の保険の解約返戻金と合計して20万円を超えていたり、他の保険の解約返戻金と合計して20万円を超えていなくても他の資産の時価総額と合計して50万円(※裁判所によって異なる)を超えているような場合には、その契約している生命保険は破産管財人に強制解約されて、保険会社から払い戻された解約返戻金が債権者に分配(配当)されることになります。

したがって、これを逆に考えると、「生命保険20万円を超えておらず、かつ、他の資産の時価総額と合計しても50万円を超えない場合」には、その生命保険に解約返戻金が発生していたとしても、自己破産の手続きで裁判所(破産管財人)から強制解約をされる心配はないといえます。

(2)自由財産の拡張の申立が裁判所に認められた場合

前述したように、一つの生命保険の解約返戻金が20万円を越えていたり、一つの保険の解約返戻金が20万円を越えていなくても他の保険の解約返戻金と合計して20万円を超えていたり、他の保険の解約返戻金と合計して20万円を超えていなくても他の資産の時価総額と合計して50万円(※裁判所によって異なる)を超えているような場合には、その契約している生命保険は破産管財人に強制解約されるのが実務上の取り扱いです。

しかし、これには例外があります。

自己破産の申立人が裁判所に対して「自由財産の拡張の申立」を行った場合です。

「自由財産の拡張」とは、本来であれば裁判所(破産管財人)が取り上げて売却し、債権者に分配(配当)すべき財産がある様な場合であっても、自己破産の申立人の生活状況を考慮して申立人にそのまま保有させる方が良いと判断できる場合には、裁判所(裁判官)の裁量によって債権者の配当に回さないようにする、言い換えれば、裁判所(破産管財人)が取り上げて売却などせずに、そのまま申立人に保有することを認めるという手続きのことをいいます(破産法第34条4項)。

【破産法第34条4項】

裁判所は(中略)、破産者の申立てにより又は職権で、決定で、破産者の生活の状況、破産手続開始の時において破産者が有していた前項各号に掲げる財産の種類及び額、破産者が収入を得る見込みその他の事情を考慮して、破産財団に属しない財産の範囲を拡張することができる。

このページの冒頭にも記述したように、自己破産の手続きは清算手続きの側面を有していますから、本来であれば自己破産の申立人の資産は全て(法律で自由財産と認められている資産以外の全て)債権者に分配(配当)するのが原則ですが、そのように申立人の所有する全ての資産を取り上げて文字どおり「裸一貫」で再スタートさせてしまうと、かえって申立人の生活再建を困難にさせてしまい、再び多重債務に陥ってしまう懸念も生じます。

そのため、自己破産の申立によって(又は裁判所の職権で)、本来であれば裁判所(破産管財人)が取り上げて売却(または強制解約)して債権者に分配(配当)すべき資産があっても、特別にその資産を申立人で所有することを認める「自由財産の拡張」手続きが設けられているのです。

もちろん、この「自由財産の拡張」の手続きを自己破産の申立人が申立てた場合には、破産管財人の意見を聴いた裁判所(裁判官)が証人を与える必要がありますが、破産者の生活再建の必要性から裁判所も比較的緩やかに認めてくれるケースも比較的多く見受けられますので(※裁判所の方針や個々の裁判官によっても異なります)、自由財産の拡張が認められた場合には、本来は強制解約を免れない生命保険であっても、そのまま契約し続けることも可能でしょう。

ですから、どうしても破産手続きで解約したくない保険がある場合には、事前に弁護士や司法書士にその旨を説明し、必要に応じて自由財産の拡張の申し立てを行ってもらうことも必要になるかもしれません。