会社員が自己破産の申し立てをする場合に気になるのが、自己破産の手続きで退職金はどのように扱われるのかといった点です。
自己破産の手続きにおいては、その所有する財産は申立時点で既に所有する資産だけでなく、将来的に請求できる権利(債権)についても、自由財産として保有が認められるものを除いてすべて裁判所に取り上げられて債権者への配当に充てられるのが原則的な取り扱いとなっています。
そのため、将来受け取ることが確実といえる退職金についても、裁判所に取り上げられてしまうのではないか、という不安が生じてしまうのです。
では、実際の自己破産の手続きでは、退職金はどのように扱われるのでしょうか?
退職金は全て取り上げられて債権者への配当に充てられてしまうのでしょうか?
自己破産の手続きにおける退職金の扱い
自己破産における退職金の扱いはその退職金を自己破産の「開始決定が出される前」に既に受け取っているか、それとも自己破産の「開始決定」が出された時点では未だ受け取ってはおらず、自己破産の「開始決定が出された後」に受け取る予定になっているのかによって結論が異なります。
(1)開始決定が出される前に既に退職金を受け取っている場合
自己破産の申立をすると裁判所が申立書のチェックを行い不備がなければ、裁判官から自己破産の「開始決定」が出されることになりますが、その「開始決定が出される前」に退職金を既に受け取っている場合には、その受け取った退職金は「退職金」としてではなく「現金」または「預金」として処理されることになります。
なぜなら、「退職金」を受け取る「前」は、その受け取るべき退職金は会社に対して退職金の支払いを請求することができるという「請求権(債権)」の性質を有していますが、退職金を受け取った「後」は、それが「現金」として保有されている場合には「有体物である現金」に、「銀行の預金口座に預金」として保有されている場合には「預金債権」にその法律上の性質が変更されてしまうからです。
ア)「現金」として保有されている場合
自己破産の開始決定が出される「前」に既に退職金を受け取っており、かつ、その受け取った退職金が「現金」として保有されている場合には、自己破産の手続きにおいてその受け取った退職金は「現金」として処理されることになります。
この点、自己破産の手続きでは「現金」は99万円までが自由財産として保有することが認められていますが、99万円を超える「現金」がある場合にはその超える金額の全てが裁判所に取り上げられて債権者への配当に充てられてしまうのが基本的な取り扱いとなっています。
(※なぜ20万円が基準となるかについては→自己破産ではどんな場合に管財事件になるの?)
したがって、自己破産の開始決定が出される「前」に受け取った退職金が「現金」として保有されている場合には、元々保有している「現金」とその「現金」なった退職金を合計した金額が99万円を越えないのであれば自由財産としてその全額の保有が認められることになりますが、その「現金」の合計額が99万円を超える部分については99万円を超える部分が裁判所に取り上げられてしまうことは避けられないでしょう。
イ)「預金口座」に預金されている場合
自己破産の開始決定が出される「前」に既に退職金を受け取っており、かつ、その受け取った退職金が銀行等の預金口座に「預金」されている場合には、自己破産の手続きにおいてその受け取った退職金は「預金」として処理されることになります。
この点、自己破産の手続きでは「預金」はその残高が20万円までのものについては自由財産として保有することが認められていますが、全ての銀行の預金口座の残高を合計して20万円を超える預金残高がある場合にはその「預金」の全てが裁判所に取り上げられて(※20万円を超える部分ではなく全ての預金が取りあげられることになります)債権者への配当に充てられてしまうのが基本的な取り扱いとなっています。
したがって、自己破産の開始決定が出される「前」に受け取った退職金が銀行等の預金口座に「預金」として保有されている場合には、その他の「預金」とその退職金が振り込まれた「預金口座の残高」を合計した金額が20万円を越えていないのであれば自由財産としてその全額の保有が認められることになりますが、その全ての預金口座の合計額が20万円を超えている場合には、その全ての預金口座の残高が裁判所に取り上げられてしまうことになるのが原則です。
(2)開始決定が出された後に退職金を受け取る場合
自己破産の開始決定が出された「後」に受け取る退職金については上記の取り扱いとは異なり、あくまでも「退職金」という「将来の請求権」として自己破産の手続きで扱われることになります。
この点、将来受け取る予定のある「退職金」については、その受け取る金額の「4分の3」に相当する金額は「差し押さえが禁止される財産」とされており(民事執行法第152条2項)、その「差押えが禁止される財産」は債権者への配当に充てられる「破産財団」には含まれないと破産法において規定されています(破産法第34条3項2号)。
【民事執行法第152条2項】
退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については、その給付の4分の3に相当する部分は、差し押さえてはならない。
【破産法第34条】
第1項 破産者が破産手続開始の時において有する一切の財産(省略)は、破産財団とする。
第2項(省略)
第3項 第1項の規定にかかわらず、次に掲げる財産は、破産財団に属しない。
第1号(省略)
第2号 差し押さえることができない財産(中略)。ただし、同法第132条第1項(中略)の規定により差押えが許されたもの及び破産手続開始後に差し押さえることができるようになったものは、この限りでない。
(以下、省略)
したがって、将来受け取る予定の「退職金」についてはその受取予定金額の「4分の1」に相当する金額については基本的に裁判所に取り上げられて債権者への配当に充てられてしまうのが原則的な考え方となります。
もっとも、将来その勤務先の会社において懲戒処分などで解雇される可能性もありますし、会社自体が倒産する可能性もゼロではありませんから、そのような不確定要素の元では必ずしも退職金が支払われるとまではいえないはずです。
ですから、実際の実務では、そのような不確定要素も加味し、退職金の「4分の1」ではなく、その半分の「8分の1」に相当する金額を裁判所(破産管財人)が取り上げて債権者に配当する取り扱いになっているのが実情です。
退職金の8分の1の金額はどのように取り上げられるのか?
以上で説明したように、自己破産の開始決定が出された「後」に受け取る予定の退職金については、その受取予定額の「8分の1」に相当する金額が裁判所に取り上げられて債権者への配当に充てられることになります。
もっとも、とは言ってもその退職金の8分の1に相当する金額を裁判所が勤務先の会社に対して請求するわけではありません。
実際には、自己破産の手続き上で破産管財人が申立人に対してその「退職金の8分の1に相当する金額」を積み立てさせて、その積み立てられたお金が債権者に配当されることになるのが通常です。
退職金を取り上げられたくない場合の対処法
以上で説明したように、自己破産の開始決定が出される「前」に受け取った退職金については「現金」または「預金」の基準で自由財産と認められる範囲を超える場合には裁判所に取り上げられてしまいますし、自己破産の開始決定が出された「後」に受け取る予定のある退職金についてはその受取予定額の「8分の1」に相当する金額が裁判所に取り上げられて債権者への配当に充てられることになります。
もっとも、だからといって必ずしも裁判所に取り上げられてしまうわけではなく、裁判所に「自由財産の拡張」の申し立てを行い裁判官に認められた場合は、本来であれば取り上げられる退職金も取り上げられ済む場合も有ります。
「自由財産の拡張」とは、破産法に従って手続きを進めれば債権者への配当に充てられる財産であっても、申立人に特別な事情がある場合に裁判官が認めた場合には、その資産の保有を特別に認めるという制度になります。
ですから、既に受け取ったまたは将来受け取る予定のある退職金をどうしても取り上げられたくない場合には、自己破産を依頼する弁護士や司法書士に自由財産の拡張の申し立てを行ってもらう必要があるでしょう。
最後に
以上のように、自己破産の手続きにおける退職金の扱いについては、その退職金を受け取ったのが自己破産の開始決定の「前」か「後」かで異なりますし、受け取った後の状況によっても自由財産として保有できる基準が異なるのが実際の実務の取り扱いですが、仮に裁判所に取り上げられてしまう場合であっても自由財産の拡張を行うことによりその受け取った又は受け取るべき退職金を保有することも認められる場合があるといえます。
ですから、仮に自己破産の申立を検討している場合において、既に退職金を受け取っていたり、または将来受け取る予定があるような場合には、早めに弁護士や司法書士に相談し、自分のケースでは退職金がどのような扱いを受けるのか、また自由財産の拡張は可能なのかといった点について十分に検討することが必要になるのではないかと思います。