銀行預金は自己破産の申立前に全額引き出すべきなのか?

自己破産の手続きを行う場合、その保有する資産(財産)については自由財産として保有が認められるものを除いてすべて裁判所に取り上げられ、債権者への配当に充てられるのが原則的な取り扱いとなっています。

この点、「現金」については99万円までが自由財産として認められていますので、自己破産の申立書を裁判所に提出する時点において保有する現金が99万円に満たない場合には、その保有する「現金」の全額の保有が認められるのが通常です(※この場合裁判所からは1円も取り上げられることはありません)。

もっとも、その「現金」を銀行の預金口座に入金している場合には話が異なります。

なぜなら、「現金」を預金口座に「預金」した場合には、その「預金」は銀行の口座に預けられた時点で「銀行からその預金残高と同額の現金について払い戻しを受けることができる権利」となり、法律上の性質が「現金」という有体物から「債権」という請求権に変化するからです。

自己破産の手続きでは、「債権」については20万円を超えるものはその全てが「債権者への配当に充てられる資産」と判断されますので、20万円以上の「現金」を「預金」した場合には、その預金した全額が裁判所に取り上げられ債権者への配当に充てられてしまうのです。

(※なぜ20万円が基準となるかについては→自己破産ではどんな場合に管財事件になるの?

ところで、ここで疑問が生じるのが、「預金」として20万円以上の残高がある場合には、その全額をあらかじめ引き出しておいた方が良いのか、という点です。

前述したように、「現金」の場合は99万円までの保有が認められる一方、「預金」の場合には20万円を超えた時点で全額が取り上げられてしまうのですから、「預金」の残高が20万円以上ある場合には、自己破産の申立直前に全額を引き出しておけば裁判所に取り上げられずに済むからです。

では、実際に自己破産の申立をする場合において、預金残高が20万円を超える場合には、申立直前にその預金を全額引き出しておいた方が良いのでしょうか?

それとも、預金は引き出したりせずに、そのままの状態で申し立てをした方が良いのでしょうか?

広告

自己破産の申立直前に預金を引き出すのはNG

結論からいうと、自己破産の申立直前に預金を引き出すのは止めた方が無難です。

なぜなら、次の3つの理由から、申立直前に引き出すのは意味がないばかりか、自己破産の手続きそのものに支障を与えてしまうからです。

(1)申立直前に引き出しても「預金債権」の扱いを受ける

まず最初に挙げられる理由は、仮に自己破産の申立直前に預金を引き出したとしても、自己破産の手続きではその引き出したお金は「現金」ではなく「預金債権」として扱われるからです。

自己破産の手続きでは裁判官や破産管財人は、申立書に記載された事項を形式的に判断するのではなく、その記載された事項の実質的な側面を調査して結論を出すのが一般的です。

そのため、仮に自己破産の申立直前に「預金」を引き出したとしても、その引き出すことに合理的な事情がない限り、裁判官や破産管財人は、その引き出された「現金」を「現金」としてではなく従前の「預金債権」として自己破産の手続き上処理することになります。

そうすると、たとえ自己破産の申立前に「預金」を引き出して「現金」にしたとしても、銀行口座から引き出す前の「預金債権」としての扱いを受けることになりますので、引き出す前の残高が20万円を超えていたのであれば、たとえ「現金」として99万円を超えていなかったとしても、その銀行から引き出した全額が裁判所(破産管財人)に取り上げられて債権者への配当に充てられてしまうことはさけられません。

このように、自己破産の申立直前に「預金」から引き出して「現金」にしたとしても、「預金債権」として20万円の基準で判断され取り上げられることには代わりありませんから、引き出すこと自体無意味となってしまいます。

(2)資産隠しの疑いを掛けられてしまう

また、自己破産の申立直前に「預金」から20万円以上の現金を引き出してしまうと、その履歴は当然通帳に印字されることになりますから、裁判官や破産管財人から「なんで申し立ての直前に20万円以上の大金を引き出してるの?」「何のために引き出したの?」「何に使ったの?」と厳しく問いただされることになるのは避けられません。

もちろん、その引き出したお金がその後もそのままに保管されていれば特に問題も生じないかもしれません。

しかし、他の親族などの預金口座に振り替えたり、その使途を明確に説明できないような状況に陥ってしまった場合には、「資産隠し」を疑われてしまい、最悪の場合は「財産を隠匿した」ということで免責不許可事由に該当し免責(借金の返済が免除されること)が受けられなくなったり(破産法第252条第1項1号)、詐欺破産罪で処罰される可能性すら生じてしまうでしょう(破産法第265条1項)。

【破産法第252条】

第1項 裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
第1号 債権者を害する目的で、破産財団に属し、又は属すべき財産の隠匿、損壊、債権者に不利益な処分その他の破産財団の価値を不当に減少させる行為をしたこと。
(以下、省略)

【破産法第265条1項】

破産手続開始の前後を問わず、債権者を害する目的で、次の各号のいずれかに該当する行為をした者は、債務者(中略)について破産手続開始の決定が確定したときは、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。(中略)。
第1号 債務者の財産(中略)を隠匿し、又は損壊する行為
第2号(以下省略)

ですから、自己破産の申立て直前に預金を引き出してしまうことは、意味がないばかりか危険な行為とすら言えるので、やめておいた方が良いの思います。

(3)上申書などでの説明が必要になり手続きが面倒になる

更に、申立直前に預金を引き出してしまう行為は、手続きを煩雑にさせてしまうデメリットも考えなければなりません。

なぜなら、以上で説明したように、申立直前に20万円以上の大金を預金から引き出してしまう行為は、意味がないばかりか裁判官や破産管財人に資産隠しの疑いすらもたれてしまいますので、手続き上でその疑いを晴らす必要が生じ、自己破産の手続きが煩雑になるだけでなく手続き期間が長期化してしまうことになるからです。

自己破産の申立直前に大金を引き出すという不審なお金の動きを作り出してしまうと、裁判官の審尋や破産管財人の調査の段階で「なぜそのお金を引き出したのか」という点を上申書などで説明しなければならなくなりますし、その引き出したお金が残っている場合にはその現在の状況を、既に使ってしまった場合にはその使途や理由等を証拠資料を添付したうえで詳細に報告することを求められることになります。

そうすると、自己破産を依頼した弁護士や司法書士にその詳細を説明し理解してもらうための打ち合わせも必要ですし、裁判官や破産管財人の調査も長期化することになりますから、その結果として自己破産の手続きはおのずと長期化してしまうでしょう。

このように、自己破産の申立前に多額の預金を引き出してしまうと、その事情を説明・報告するために余計な労力と時間を費やさなければならなくなってしまい、自分自身が不利益を受けてしまうことになるのです。

取り上げられたくない場合は「自由財産の拡張」の手続きを使うべき

以上のように、「預金」を取り上げられたくないからといって自己破産の直前に引き出して「現金」にしてしまう行為は、意味がないばかりか資産隠しを疑われる危険な行為といえますので、基本的には行うべきではありません。

では、取り上げられたくない「預金」がある場合にはどうすれば良いかというと、そのような場合には「自由財産の拡張申立て」を行うべきでしょう。

「自由財産の拡張」とは、本来であれば裁判所に取り上げられて債権者への配当に充てるべき資産であっても、特別な事情がある場合には申立や(裁判官の)職権によって、特別に自己破産の申立人の保有を認める制度です。

この「自由財産の拡張申立」を行えば、20万円を超えている預金であっても裁判所に取り上げられずに保有が認められることもありますから、自己破産の申立直前に引き出すなどの姑息な手段を取る必要はないのです。

もちろん、「自由財産の拡張」が認められるためには破産管財人や裁判官に「その取り上げられたくない財産がなぜ必要なのか」その理由を説明して納得してもらう必要がありますが、「現金」と合計した金額が99万円を超えない資産の場合には裁判所も広く自由財産の拡張を認める傾向がありますので、自由財産の拡張が認められる可能性はそれほど低くないのが実情です。

ですから、申立前にこそこそと預金を引き出したりせず、そのままの状態で申立を行い、自己破産の手続きで正々堂々と自由財産の拡張を求めていくというのが安全かつ確実な資産保有方法になるのではないかと思います。

最後に

以上のように、「預金」を取り上げられたくないからといって、自己破産の直前に引き出して「現金」にしてしまう行為は、意味がないばかりか資産隠しを疑われる危険な行為であって、手続きを煩雑にしてしまう余計な行為であるといえる一方で、自由財産の拡張申立という救済手段も設けられているのが実情です。

ですから、どうしても取り上げられたくないという「預金」がある場合には、早めに弁護士や司法書士に相談し、自己破産の申立を行うと取り上げられる可能性があるのか、また取り上げられるとすれば自由財産の拡張は可能かといった点について十分に検討をすることが重要になるのではないかと思います。