生活保護を受給している人が自己破産する際に気になるのが、自己破産すると生活保護費も取り上げられてしまうのか、という点です。
自己破産の手続きは借金の返済を免除する手続きですが、その前提として保有する全ての資産(財産)は自由財産として保有が認められるものを除いてすべて裁判所に取り上げられて債権者への配当に充てられるのが原則です。
そのため、生活保護を受給している人が受け取る生活保護費も「資産」と判断され裁判所に取り上げられてしまうのではないかという疑念が生じてしまうのです。
では、実際の自己破産の手続きでは生活保護費も裁判所に取り上げられてしまうのでしょうか?
生活保護費は生活保護受給者が健康で文化的な最低限度の生活を営む上で不可欠な資金であって、これを取り上げられると日々の生活さえままならなくなってしまうため問題となります。
生活保護費は取り上げられないのが原則
結論からいうと、生活保護受給者が自己破産した場合に、その生活保護費そのものが取り上げられることはありません。
なぜなら、自治体から支給される生活保護費は差し押さえることが禁止されていますが(生活保護法第58条)、自己破産の手続きでは債権者への配当に充てるため裁判所が取り上げる財産(※法律上このような財産は「破産財団」と呼ばれます)には「差し押さえることができない財産」は含まれないものと規定されているからです(破産法第34条3項第2号)。
【生活保護法第58条】
被保護者は、既に給与を受けた保護金品又はこれを受ける権利を差し押えられることがない。
【破産法第34条第3項】
第1項 破産者が破産手続開始の時において有する一切の財産(中略)は、破産財団とする。
第2項(省略)
第3項 第1項の規定にかかわらず、次に掲げる財産は、破産財団に属しない。
1号(省略)
2号 差し押さえることができない財産(省略)。(以下、省略)
「差し押さえることができない財産」は自己破産の手続きで債権者への配当に充てられる「破産財団」には組み込まれることはなく、生活保護で支給される生活保護費は差し押さえることができないことになっていますから、生活保護費は自己破産の手続きにおいては債権者への配当に充てられる資産として裁判所に取り上げられることはないということになります。
生活保護費を受給した後は「現金」または「預金」として判断される
以上で説明したように、生活保護費は差し押さえが禁止される資産として自己破産の手続きで債権者への配当に充てられる資産には含まれないことになりますから、自己破産の手続き上で裁判所に取り上げられることはありません。
もっとも、これはあくまでも生活保護費が「支給されるまで」の話であって、生活保護費が「支給された後」については話が異なります。
なぜなら、生活保護費が「支給された後」はその生活保護費が「現金」で支給された場合は「現金」に、「銀行振り込み」で支給された場合は「預金」に、その法律上の性質が変化することになるからです。
この点、自己破産の手続きでは「現金」については99万円までは自由財産として保有が認められていますが、保有している「現金」が99万円を超える場合は全て裁判所に取り上げられて債権者への配当に充てられることになっています。
したがって、自治体から支給された生活保護費と、それ以前から保有していた現金の合計額が99万円を超えてしまう場合には、その超える金額は全て「現金」として裁判所に取り上げられてしまうことになります。
また、「預金債権」については20万円以上預金残高がある場合はその全額が裁判所に取り上げられ債権者への配当に充てられることになっています。
したがって、生活保護費を銀行の預金口座で受け取るようにしている場合において、生活保護費が振り込まれた銀行口座の預金残高が20万円を超える状態にある場合には、その預金口座に預けられている生活保護費を含めた預金額の全額が「預金」として裁判所に取り上げられて債権者への配当に充てられることになるのが原則です。
(※なぜ20万円が基準となるかについては→自己破産ではどんな場合に管財事件になるの?)
以上のように、生活保護費が「支給された後」はその給付を受けた状況により「現金」や「預金」としての扱いを受けることになりますので、たとえそれが生活保護費として支給されたものであったとしても、「現金(99万円)」や「預金(20万円)」という基準を超える限り、裁判所に取り上げられてしまうことはあるといえます。
※ただし、生活保護費はその受給者が健康で文化的な最低限度の生活を営む上で最低限必要なものであることから、実務上は「預金」に20万円以上ある場合であってもそれが年金である場合には裁判官もその点を考慮して債権者への配当に回さない取り扱い(黙示で自由財産の拡張を行っているような感じ)にしていることが多いので、よほど「現金」や「預金額」が高額にならない限り裁判所に取り上げられることはないものと考えられます。
もっとも、生活保護受給者が現金を99万円以上保有していたり、預金残高が20万円を超えてしまうことは通常考えられませんので、上記の説明はあくまでも理論的にはそうなるという程度に理解しておけばよいと思います。
自己破産の「開始決定が出された後」に受給する生活保護費は取り上げられない
以上で説明したように、自己破産の手続きでは生活保護費が「支給される前」であれば裁判所に取り上げられることはありませんが、生活保護費が「支給された後」においては、その支給された生活保護費の状態が「現金」で保管されている場合は「現金」として、「銀行預金」で「預金口座」に保管されている場合には「預金」として扱われることになりますので、その基準額(現金の場合は99万円、預金の場合は20万円)によって裁判所に取り上げられるか否かの判断がなされることになります。
もっとも、これはあくまでもその生活保護費が自己破産の「開始決定」が出される「前」に支給日を迎えるものに限定されます。
自己破産の手続きは自己破産の「開始決定が出される前」までの負債(借金)と資産(財産)を清算する手続きですから、自己破産の「開始決定が出された後」に給付日が到来する生活保護費についてはその全てがその自己破産の手続きから切り離して扱われることになります。
したがって、自己破産の「開始決定が出された後」に支給される生活保護費については「現金」で支給を受けた場合であっても「預金」への振込で支給を受けた場合であっても、その全額を自由に使用することができ、裁判所に取り上げられることは一切ありませんので誤解のないようにしてください。