自己破産を予定している人の中には、「自己破産した後に結婚や離婚して苗字(名字)が変わったらすぐに借金できるようになるのか?」という点を気にする人が少なからず存在します。
自己破産をすると信用情報機関に事故情報が5年から10年の期間登録される(いわゆる「ブラックリストに載る」ということ)ことになりますから、その事故情報が登録されている期間は新たな借り入れやクレジットカードの申込みをする際の審査で落とされるのが原則です。
しかし、結婚や離婚をして苗字(名字)が変われば、その「自己破産した」という事故情報が載せられている信用情報は苗字が異なる「別人のもの」と判断されるはずですから、苗字(名字)が変更された後の自分の信用情報は「まっさら」な状態になるはずで融資やカードの審査で落とされることもないはずです。
このような理由から、自己破産した後に結婚や離婚をして苗字(名字)を変えればすぐに借り入れをすることができるのではないか、という期待を抱く人が多いのです。
では、実際問題として、自己破産した後に結婚や離婚して苗字(名字)が変わった場合、新たな借り入れやクレジットカードの申込みは通るのでしょうか?
理論的には苗字(名字)が変わればクレジットカードやローンの審査を通る可能性はあるが…
前述したように、自己破産した後に結婚や離婚して苗字(名字)が変われば信用情報機関に登録されている自己破産したという事故情報が照会されないことによって新たな借り入れやクレジットカードの申請が通るのではないか、という疑問が生じるわけですが、確かに、苗字(名字)が変わればその名字)が変わった「後」の人物と苗字(名字)がが変わる「前」の人物はまったく別の人物として判断されることになりますので、過去の自己破産の事実は問題にならなくなると思います。
金融機関や信用情報機関では顧客の情報を「氏名」「生年月日」「住所」の3つの事項によって管理していますから、そのうちの一つでも異なると、全く別の人間として登録することになります。
ですから、「苗字(名字)」が変われば、たとえ「生年月日」と「住所」が同一であっても金融機関や信用情報機関では「全く別の人物」と認識して処理しますので、その「全く別の人物」から融資やクレジットカードの申込みがあった場合には、「苗字(名字)」が「変わる前」の人物には信用情報の照会がなされることは基本的にありません。
その結果、苗字(名字)が変われば過去の自己破産の情報は融資やクレジットカードの申請の際に問題にはならなくなりますから、理論的には苗字(名字)が変わることによって、たとえ自己破産をしてから5年から10年の期間が経過していなくても、新たな借り入れやクレジットカードの申請を通る可能性はあるものと考えられます。
ただし実際には不可能といえる
以上のように、苗字(名字)が変われば金融機関や信用情報機関では「全く別の人間」として扱うのが原則ですから、結婚や離婚して苗字(名字)が変われば自己破産から5年もしくは10年を経過していなくても、新たな借り入れやクレジットカードの申請が通る可能性はあるものと思われます。
もっとも、これはあくまでも理論的に考えればその可能性があるという話であって、以下の3つの点について現実的に考えると、ほぼ審査を通すことはほぼ不可能といえます。
(1)苗字以外の情報で同一性が疑われる
なぜ「名字」を変えただけでクレジットカードやローンの信用審査を通すことが現実的に考えて不可能かというと、先ほども述べたように信用情報は「氏名」「生年月日」「住所」の3つの事項によって個人の同一性を管理しているからです。
信用情報が「氏名」「生年月日」「住所」の情報で同一人性を管理しているということは、その3つの事項のうち1つに変更が生じたとしても、他の2つの事項との類似性がある場合は「同一人性が疑われる信用情報」として判断され、その同一人性が否定できる情報が得られない限り審査は通過しないのが通常です。
ですから、仮に「苗字(名字)」だけに変更が生じたとしても、他の「生年月日」や「住所」などに一致が見られれば「同一人性が疑われる人物に関する照会」と判断されて厳しくチェックを受けることが予想されます。
結婚や離婚をして「苗字(名字)」に変更があった場合であっても「生年月日」を変更することはできませんし、仮に「苗字(名字)」を変更したうえで転居して「住所」まで変更したとしても、「下の名前」と「生年月日」が同一であればその同一人性が疑われることになるでしょう。
そうなると、クレジットカードやローンの審査で過去に「苗字(名字)」や「住所」に変更がなかったかなど、詳しく聴取されるのが一般的ですから、その調査の段階で過去に自己破産や債務整理した信用情報との同一性が明らかになることは避けられないのではないかと思います。
(2)審査の際に隠すと詐欺罪になる
このように、クレジットカードやローンの審査が行われる場合には苗字以外の情報も複合的に判断材料とされ信用情報が審査されるのが通常ですので「名字だけ」を変更したからといって審査が通るわけではないのが通常ですが、仮にその同一性の審査で見落とされたとしても、現実的には審査を通すことは難しいといえます。
なぜなら、金融機関に融資の申し込みをする際やクレジットカードの申込みをする場合には、過去の自己破産を含む債務整理経験の有無やその時点における借入残高などを申告することが求められるのが通常だからです。
もちろん、そこで「過去に債務整理をした事実はない」と嘘の申告を行えば審査に通るかもしれませんが、仮に自己破産や債務整理の事実を隠して申し込みをして融資やクレジットカードの交付を受けてしまったとなると、それは「他人を騙して財物の交付を受けた」ということになり「詐欺罪」に該当してしまいます。
ですから、結婚や離婚して苗字(名字)が変わったとしても個々の自己破産の事実を隠すことはできないのが通常ですから、「詐欺罪で逮捕されても構わない」という肝の据わった人でもない限り、現実に隠し通すことはできないでしょう。
(3)免許証など本人確認書類の記載で同一性が判断される場合も有る
また、金融機関が融資やクレジットカードの申込みを受け付ける場合には、免許証や住民票等の本人確認書類の提示(提出)による確認が義務付けられていますから、その本人確認書類の記載上で旧姓の人物との同一性が疑われる場合には、旧姓の信用情報が照会に掛けられる可能性もあります。
(例えば、結婚や離婚して苗字(名字)が変わり住所も変更されていたとしても、本人確認書類に記載された「旧住所」や「旧姓」の記載から同一人物と判断されて信用情報機関に旧姓における信用情報が照会される結果、自己破産の事実が知られてしまう可能性もあるでしょう)
ですから、結婚や離婚して苗字(名字)が変わったとしても、必ずしも旧姓の信用情報が照会されないという保証はありませんから、審査で落とされる可能性は十分にあるといえます。
なお、他の一部のサイトで「金融機関が戸籍や住民票を閲覧すれば名字が変わったことはすぐにわかるから苗字(名字)が変わっても借り入れはできない」と解説しているものがありますが、これは正しくありません。
確かに、戸籍には過去の結婚や離婚の情報がすべて記載されていますし、住民票にはどこから転居されてきたか(どこの苗字(名字)の世帯から転居されてきたか)という情報も記載されていますから、結婚や離婚して苗字(名字)が変わったとしても、その苗字(名字)が変わる前の人物との同一性を確認することは可能です。
しかし、戸籍や住民票は本人もしくは関係する親族以外の人が取得することはできませんから、金融機関や信用情報機関がその融資やクレジットカードの申込みを行った人の戸籍や住民票を取得することは不可能です。
また、弁護士や司法書士、行政書士など一定の資格者は他人の戸籍や住民票を職権で取得することは可能ですが、実際に取得するためには依頼人からの正当事由が必要であって、金融機関や信用情報機関が融資の審査をするためという理由では他人の戸籍や住民票を取得することはできません(※ただし違法であることを承知の上でお金のために他人の戸籍や住民票を取得する一部の士業もいるにはいますが…)。
ですから、金融機関や信用情報機関が独自に顧客の戸籍や住民票を取得することはできないのが通常ですので、戸籍や住民票を金融機関や信用情報機関が独自に取得したことによって旧姓が判明してしまうということはないものと考えられます。
最後に
以上のように、結婚や離婚して苗字(名字)が変わったとしても、旧姓による事故情報が信用情報機関に登録されている限り、実際には審査が通ることは無いものと考えた方がよさそうです。
もっとも、自己破産した後5年から10年間事故情報が登録されると定められているのは、その期間はその事故情報が登録されている人物に融資をするのはリスクが大きすぎるということを金融機関に注意惹起するために必要不可欠と考えられている点にあります。
そうすると、その事故情報が登録されている機関であるにもかかわらず「結婚や離婚して苗字(名字)が変われば融資を受けられるだろう」という考えを持つこと自体「自分の利益のためには他人が損をしても構わない」という考えになるわけですから、道徳的に考えて明らかに間違っているといえます。
ですから、自己破産した場合には「結婚や離婚して苗字(名字)が変えて借り入れをしよう」などと自分勝手な考えを持つのではなく、「借り入れをせずに生活していくにはどうしたら良いのだろう」という点を真摯に考えていことが大切なのではないかと思います。