自己破産は、借金の返済義務を「免除(免責)」してもらう手続きですが、債務者の負担している債務(借金)と所有している資産(財産)を「精算」する手続きとしての性質も有しています。
そのため、自己破産の申し立てを行う債務者に資産がある場合には、自由財産として保有が認められるものを除いて全て裁判所に取り上げられて換価され、その換価代金が債権者への配当に充てられる配当手続きが実施されることになっているのです。
ところで、ここで問題となるのは、自己破産の申立人が離婚した夫(または妻)から「養育費」を受け取っている場合です。
「養育費」は「お金」を請求する権利であって「養育費請求権」としての「債権」であり「資産」と判断されますので、「養育費」を受け取っている人が自己破産する場合にはその受け取っている「養育費」が資産として裁判所に取り上げられてしまうのか、といった点に疑問が生じます。
しかし、「養育費」そのものは、それを受け取る「親」のためのものではなくその「子」の「養育」のために支払われるお金になりますので、「養育費」を受け取っている親が自己破産する場合にその「養育費」が、その自己破産する親の債権者への配当に充てるために裁判所に取り上げられてしまうのは不合理とも思えるので問題となるのです。
では、自己破産の申立人が離婚した夫(または妻)から「養育費」を受け取っている場合、その「養育費」は自己破産の手続き上で裁判所に取り上げられるものなのでしょうか?
「養育費」が取り上げられるか否かはその養育費が自己破産の開始決定の前後で異なる
離婚した夫(または妻)から受け取っている「養育費」が自己破産の手続きで資産と判断され裁判所に取り上げられてしまうかは、その「養育費」が自己破産の「開始決定が出される前」に生じたものなのか、それとも「開始決定が出された後」に生じるものであるのかによって結論が異なりますので、以下それぞれ別個に説明することにいたします。
養育費が自己破産の「開始決定が出される前」に生じたものである場合
養育費が自己破産の「開始決定が出される前」に生じるものである場合とは、自己破産の申し立てを行う債務者が離婚した夫(または妻)から受け取るはずであった「養育費」の支払いが延滞し、支払われていない「養育費」がたまっているような場合のことをいいます。
たとえば、シングルマザーのAさんが離婚した元夫Bとの間に生まれた子Cと2人で暮らしている状況でBから毎月10万円の養育費を受けとる離婚協議が整っていたような場合に、Bからの養育費の支払いが数か月間止まっている状況でAが自己破産の申し立てをするような場合です。
【原則】自己破産の「開始決定が出される前」に生じた「養育費」は債権者に取り上げられる
自己破産の申立人である債務者が「養育費」を受け取ることができる場合に、その「養育費」が自己破産の「開始決定が出される前」に生じたものである場合は、その「開始決定が出されるまでに生じた養育費」はすべて裁判所に取り上げられて債権者への配当に充てられるのが原則的な取り扱いとなります。
たとえば、先ほどの例でBが3か月間「養育費」の支払いを滞納している状況でAが自己破産の申し立てを行って裁判所から開始決定が出された場合には、その「開始決定が出されるまで」に発生している「養育費」3か月分の「30万円」がAの自己破産の手続きで「資産」としての扱いを受けることになりますので、その「30万円」が裁判所(破産管財人)に取り上げられて債権者への配当原資に充てられることになります。
なぜこのようになるかというと、自己破産の手続きを定めている破産法という法律では、裁判所が債権者への配当に充てるために取り上げることが認められる資産(財産)のことを破産財団として規定したうえで「差し押さえることができない財産」をその破産財団から除外する取り扱いにしていますが(破産法34条3項2号)、民事執行法第152条で規定されている「差し押さえ禁止財産」の規定では、地方自治体から支給される「生活保護費」であったり、労働者が受けとる「賃金」や「退職金」の一部が「差し押さえ禁止財産」としてきていされてはいるものの、離婚した配偶者から受け取る「養育費」については「差し押さえ禁止財産」とはされていないからです。
【破産法代第34条】
1項 破産者が破産手続開始の時において有する一切の財産(日本国内にあるかどうかを問わない。)は、破産財団とする。
2項(省略)
3項 第一項の規定にかかわらず、次に掲げる財産は、破産財団に属しない。
一(省略)
二 差し押さえることができない財産(以下省略)【民事執行法152条】
1項 次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。
一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
二 給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権
2項 退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については、その給付の四分の三に相当する部分は、差し押さえてはならない。
3項 債権者が前条第一項各号に掲げる義務に係る金銭債権(中略)を請求する場合における前二項の規定の適用については、前二項中「四分の三」とあるのは、「二分の一」とする。
法律で「養育費」が「差し押さえ禁止財産」とされていない以上、自己破産の手続きを行う裁判所では、自己破産の申し立てを行う債務者が自由財産として認められる金額(一般的な裁判所では20万円)を超える「養育費」を保有している限り、その「養育費」を取り上げて債権者への配当に充てなければなりません。
そのため、自己破産の「開始決定が出される前」に生じた「養育費」がある場合には、原則として裁判所に取り上げられることは避けられないといえるのです。
※ただし、開始決定が出されるまでに発生した現金以外の財産が20万円を超えない場合には自由財産として保有が認められるのが通常ですので(※ただし裁判所によっては他の財産の金額と合計して50万円を超える場合には自由財産として扱わないところもあります)、開始決定が出されるまでに発生した養育費が20万円を超えない場合には、裁判所に取り上げられずそのまま保有が認められる(自己破産の手続きとは関係なく元配偶者に対して養育費の支払い請求ができる)ことになります。
(※なぜ20万円が基準となるかについては→自己破産ではどんな場合に管財事件になるの?)
なお、自己破産の「開始決定が出される前」に生じた「養育費」が滞納されているわけではなく、正常に支払われて預金口座などに振り込まれているような場合は、預金口座に振り込まれた時点で「養育費」から「預金債権」に性質が変化することになりますので、自己破産の手続きが開始される時点での預金残高が20万円を超える場合には、たとえその振り込まれた「養育費」の金額が20万円以下であっても裁判所に取り上げられることになります。
たとえば先ほどの例で、Bが毎月定められたとおりに10万円ずつの養育費をAの口座(X銀行の預金口座)に送金しているとして、AのX銀行の口座にAの給料の15万円とBからの養育費の10万円の合計25万円が残高として残されている状況でAの自己破産の開始決定が出された場合には、Aの所有するX銀行の預金残高の25万円はその全額が「預金債権」として裁判所に取り上げられて債権者への配当に充てられることになるのが通常の取り扱いとなります。
▶ 管財事件で破産管財人が預金通帳を取り上げるのはどんな場合?
【例外】自由財産の拡張が認められれば取り上げられなくて済む
このように、自己破産の「開始決定が出される前」に生じた「養育費」についてはそれが20万円(裁判所によって異なる)を超える限り裁判所に取り上げられるのが原則的な取り扱いとなりますが、その場合であっても「自由財産の拡張」の手続きを行えば裁判所に取り上げられることなく保有することが例外的に認められる(自己破産の手続きとは関係なく元配偶者に対して養育費の支払い請求ができる)場合があります。
「自由財産の拡張」とは、本来は裁判所に取り上げられてしまう資産(現金については99万円、現金以外では20万円を超える資産)であっても、裁判所が「債務者の経済的再建に不可欠」と判断したものについて特別にその保有を認める手続きのことをいいます。
この「自由財産の拡張」は、裁判所の職権で行われる場合と申立人の申し立てによって行われる場合の2通りがありますが、よほど収入が低いとか重病に罹患しているなど経済的困窮の明らかな原因がない限り職権で行われることは少ないと思いますので、どうしても「開始決定が出される前」に生じている「養育費」を取り上げられたくないという場合には、自己破産の手続きを依頼する弁護士や司法書士に事情を説明し「自由財産の拡張」の申し立てを行ってもらうよう頼むようにした方がよいでしょう。
養育費が自己破産の「開始決定が出された後」に生じるものである場合
以上のように、自己破産の申し立てを行う債務者において、破産手続きが「開始決定が出される前」に生じた「養育費」がある場合には裁判所に取り上げられてしまうのが原則的な取り扱いとなるわけですが、これとは異なり、養育費が自己破産の「開始決定が出された後」に生じるものである場合には、その「開始決定が出された後」に生じた「養育費」は一切裁判所に取り上げられてしまうことはありません。
たとえば先ほどの例でいうと、Aの自己破産の手続きで「開始決定」が出されたのが3月1日であったとすると、2月分までの養育費(2月28日までの養育費)については滞納分が20万円以上あれば裁判所に取り上げられることがありますが、3月1日以降に発生する養育費(3月分以降の養育費)については一切裁判所に取り上げられることはなく、Aがその子Cのために自由にBから送金される養育費を使用することが認められます。
なぜこのようになるかというと、自己破産の手続きは自己破産の「開始決定が出されるまで」に発生した債権と債務を清算する手続きとなるため、「開始決定が出された後」に生じる債務や資産(財産)は、その自己破産の手続きとは全く切り離されて取り扱われることになるからです。
先ほども述べたように、自己破産の手続きを規定した破産法という法律では、自己破産の手続きにおいて債権者への配当に充てられる資産を「破産財団」として規定しているのですが、この「破産財団」に含まれるのはあくまでも「破産者が破産手続開始の時において有する一切の財産」に限られていますので(破産法34条1項)、「破産手続開始後」に取得する新たな資産はこの「破産財団」には含まれないことになります。
【破産法第34条1項】
破産者が破産手続開始の時において有する一切の財産(日本国内にあるかどうかを問わない。)は、破産財団とする。
ですから、「養育費」が自己破産の「開始決定が出された後」に生じるものである場合には、その「開始決定が出された後」に受け取る予定になっている「養育費」については、その全額を自己破産した債務者が自由に使うことができるということになるのです(※もちろん「養育費」は子供の養育のための資金なので子どもの養育以外自由に使ってもよいという意味ではありません)。
最後に
以上のように、「養育費」は差し押さえ禁止財産ではありませんので、自己破産の開始決定が出されるまでに支払われていない「養育費」がある場合には、自由財産に含まれない限度(20万円を超える場合)で裁判所に取り上げられるのは避けられないのが原則です。
もっとも「自由財産の拡張」の手続きを使えばその保有が認められることもありますし、「開始決定が出された後」に生じる養育費についてはそもそも取り上げられることはありませんから「養育費」のすべてが取り上げあられるわけではないという点は誤解しないようにしておくべきでしょう。
なお、このページでも解説しているように「養育費」の取り扱いについては「自由財産の拡張」など特別な手続きが必要になるケースもありますので、自己破産するに際して受け取る予定のある「養育費」の取り扱いに不安がある場合には、早めに弁護士や司法書士に相談し、適切な対処を取ってもらうことが何より重要といえます。