自己破産の手続きを弁護士や司法書士に依頼する場合には、自己破産の申立前にその依頼した弁護士や司法書士の事務所で打ち合わせが行われるのが通常です。
また、弁護士や司法書士の協力を得て自己破産の申立を行った場合であっても、裁判官が審問の手続きを実施し申立人本人の出廷を求めた場合には、裁判所に自ら出廷して裁判官や裁判所書記官の聴取を受ける必要が生じます。
そのため、自己破産の手続きでは、弁護士や司法書士、裁判官や書記官と実際に面接し、様々なことを聴取されることは避けられませんから、それに備えて的確な答えができるよう、ある程度記憶を惹起するなり資料を探すなどして備えておくことも必要となります。
このような場合、弁護士や司法書士、裁判官や書記官から聞かれたことに対しては正直に事実だけを申告することが求められますが、借金をしたこと自体を不名誉に感じたり、借金を返済できなくなった自分が非難されることを恐れる多重債務者もいるでしょうから、心ならずも「嘘」を申告してしまう人がいるのが実情でしょう。
しかし、自己破産の手続きは本来支払わなければならない負債を免除(免責)してもらうことを目的とする手続きであり、債権者に多大な経済的損失を与えるものですから、そのような「嘘」の申告で手続きが進められるのは決して容認できるものとはいえません。
では、自己破産の手続きにおいて手続きを代行する弁護士や司法書士、裁判所の裁判官や書記官に「嘘」の申告をしてしまった場合には、具体的にどのような手続き上の問題が生じ、どのような影響が生てしまうことになるのでしょうか?
弁護士・司法書士に嘘をついた場合
(1)弁護士や司法書士から辞任される可能性がある
弁護士や司法書士の事務所で打ち合わせが行われる際や、電話や書面で弁護士・司法書士事務所から問い合わせがあった場面において、弁護士や司法書士あるいはその事務所の事務員に「嘘」の申告をした場合には、弁護士や司法書士から自己破産の依頼を辞任されてしまう可能性があります。
なぜなら、弁護士や司法書士に自己破産の依頼をするという契約は「委任契約」となりますが、委任契約は当事者の一方から位置でも解除することができますし(民法第651条)、依頼人がウソの申告をしたことにより依頼者との信頼関係が破たんしたことは、弁護士や司法書士が一方的に辞任する正当事由として認められますから、その嘘の程度によっては弁護士や司法書士が以後の手続きは困難と判断することも十分考えられるからです。
【民法第651条】
第1項 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
第2項 当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
なお、前述したように、依頼人がウソの申告をしたことにより依頼者との信頼関係が破たんしたことは、弁護士や司法書士が一方的に辞任する正当事由として認められますから、弁護士や司法書士から辞任されたことをもって弁護士会や司法書士会(法務局)に懲戒請求を掛けたとしても、その懲戒請求は認められないと思われます。
(2)弁護士や司法書士が嘘に気付かない場合は、事実とは異なる内容の自己破産の申し立てがなされることになる
前述したように、弁護士や司法書士に嘘の申告をして手続きの途中でそれがバレてしまった場合には、最悪の場合は弁護士や司法書士から辞任されてしまいますが、自己破産の申立前に辞任されるのは、まだマシです。
一番最悪なのは、弁護士や司法書士がその嘘に気付かずに申立をしてしまうケースです。
弁護士や司法書士はバカではありませんので、依頼人のたいていの嘘はすぐに気づくのが通常です(※あえて気づかない振りをすることはありますが…)。
しかし、弁護士や司法書士も人間ですので、場合によっては気付かないこともありますし、案件が立て込んでいたり、申立書の作成を事務所の事務員にある程度任せているような場合には弁護士や司法書士がその嘘に気付かないまま申し立てを済ませてしまうこともあるでしょう。
そのような場合には、真実とは異なる申立書が作成されて裁判所に提出されることになりますが、この場合には「申立人本人」が裁判所に対して虚偽の自己破産の申し立てをしたということになってしまいます。
なぜなら、弁護士の場合は申立人の「代理人」として申立をすることになりますが、代理人の行った行為は全て依頼人本人が行ったことと同じ効果を生じさせることになりますし、司法書士の場合は「書面作成者」として申立をすることになり申し立てをするのはあくまでも「本人」になりますから、弁護士や司法書士が作成して提出した申立書の効力は、全て自己破産の申立人本人に生じてしまうからです。
なお、この場合には次のような不利益が申立人本人に生じる可能性があります。
裁判所(裁判官・書記官)に嘘をついた場合
裁判官や裁判所書記官に噓をついた場合とは、裁判所で行われる審尋で裁判官や書記官に嘘の申告をした場合だけでなく、弁護士や司法書士に嘘の申告をして弁護士や司法書士がその嘘に気付かないまま真実とは異なる虚偽の申立書が作成され、その申立書が裁判所に提出された場合も含みます。
(1)免責不許可事由として免責が認められなくなる
裁判所(裁判官・書記官)に嘘の申告をした場合には、「裁判所の行う調査に虚偽の説明をした」ということになりますから、破産法第252条に規定された免責不許可事由に該当するものとして免責が受けられなくなる可能性があります(破産法第252条第1項8号)。
【破産法第252条】
第1項 裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
第1号~7号(省略)
第8号 破産手続において裁判所が行う調査において、説明を拒み、又は虚偽の説明をしたこと。
(以下、省略)
免責が受けられないと当然、自己破産の手続きで借金の返済が免除されないことになりますから、自己破産の手続き後も全ての借金の返済を契約通り行わなければならないということになります。
(2)説明義務違反で処罰(逮捕)される
自己破産の手続きでは、裁判官の「審尋」の手続きにおいて聴取される事項の説明を拒んだり事実とは異なる説明を行うことや、破産管財人への説明を拒否ないし虚偽の説明をしたり、破産管財人の検査を拒否することが刑事罰をもって禁止されています(破産法第271条、同法第268条)。
【破産法271条】
債務者が、破産手続開始の申立て(中略)又は免責許可の申立てについての審尋において、裁判所が説明を求めた事項について説明を拒み、又は虚偽の説明をしたときは、三年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
【破産法268条】
第四十条第一項(中略)の規定に違反して、説明を拒み、又は虚偽の説明をした者は、三年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。(以下省略)
そのため、裁判官や破産管財人に嘘の申告や説明をすることはこの説明義務違反の規定に反する結果となり、その嘘の程度によっては上記の刑事責任を問われてしまう危険性もあるといえます。
(3)詐欺破産罪で処罰(逮捕)される
裁判所(裁判官・書記官)に噓の申告をして自己破産の手続きを行った場合において、その虚偽の申告によって財産を隠したり、処分したり、所有する資産を損壊・毀損(資産の価値を損なうこと)した場合には、破産法第265条に規定された詐欺破産罪に該当するものとして処罰される可能性があります(破産法第265条1項)。
【破産法第265条1項】
破産手続開始の前後を問わず、債権者を害する目的で、次の各号のいずれかに該当する行為をした者は、債務者(中略)について破産手続開始の決定が確定したときは、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。(中略)。
第1号 債務者の財産(中略)を隠匿し、又は損壊する行為
第2号 債務者の財産の譲渡又は債務の負担を仮装する行為
第3号 債務者の財産の現状を改変して、その価格を減損する行為
第4号 債務者の財産を債権者の不利益に処分し、又は債権者に不利益な債務を債務者が負担する行為
裁判所(裁判官・書記官)に真実とは異なる虚偽の申告をしたことによって詐欺破産罪で告発されるケースは稀ですが、債権者に配当すべき財産を隠すため虚偽の申告をしたような場合は、先ほどの(2)の説明義務違反の罪だけではなく、この詐欺破産罪で逮捕されることもありますので、自己破産の手続きで事実と異なる申告をすることは厳に慎まなければならないといえるでしょう。