任意整理する場合、貯金を先に支払わなければならないか?

任意整理とは、弁護士や司法書士に代理人となってもらい、債権者との間で債務の減額や利息のカット、残存債務の分割弁済などの協議を行う債務整理手続きの一種です。

自己破産や個人再生、特定調停などの手続きと異なり、裁判所に申し立てが必要ないことから、債権者との話し合いで柔軟な解決策が見込めるのが任意整理の主な特徴といえます。

ところで、多重債務に陥って任意整理を考えている人の中には、借金の返済に困窮してはいるものの、ある程度の貯金を保有しているケースもあるのではないかと思いますが、そのような場合、任意整理の分割払いの交渉においては、まずその貯金を切り崩して弁済に充てることが義務付けられてしまうのでしょうか?

任意整理が裁判所が関与しない「任意」な債務整理手続きであるのなら、貯金の保有も「任意」に認められてよいようにも思えるため問題となります。

広告

任意整理において保有している貯金を弁済に充てるよう義務付けられることはない

結論からいうと、任意整理の交渉を行う際に、債務者が保有している貯金を弁済に充当するよう義務付けられることはありません。

なぜなら、任意整理の手続きは自己破産など裁判所に申し立てが必要となる法定の手続きとは異なり、債権者との間で個別に弁済に関する協議を行う示談交渉の場に過ぎませんから、貯金を含めた債務者が所有する財産の処分はもっぱら債務者本人の自由に委ねられ、債権者側にその処分を強制できる法律上の権利は存在しないからです。

この点、自己破産の場合は清算手続き的な意味合いがあることから、仮に債務者が貯金を有していた場合には自由財産として認められる金額(原則99万円)を超える部分については裁判所(破産管財人)が取り上げて債権者に分配(配当)されることになりますので、債務者に貯金がある場合には、自己破産の前提としてその貯金は取り上げられてしまうのが原則的な取り扱いとなります。

しかし、任意整理の場合には裁判所も全く手続きに関与しませんし、債権者側に債務者の財産を処分させる強制力もありませんから、仮に債務者の側に残りの借金を完済できるような貯金があったとしても、それを弁済に充当するよう強制させられることはなく、貯金を弁済に充てなければならない義務もないことになります。

債務者側の意思で貯金を弁済に充当することは差し支えない

前述したように任意整理の手続きはあくまでも債務者と債権者の間の「任意」な示談交渉の場に過ぎませんから、仮に債務者側に十分な貯金があったとしても、それを弁済に充てることが強制させられることはありません。

もっとも、もちろん債務者側の自由な意思で貯金を弁済に充てることは何ら差し支えありません。

たとえば、借金の残額が90万円であったような場合には、毎月の弁済額が25,000円となる36回の分割弁済案が任意整理で合意されるのが一般的ですが、この場合に貯金が100万円あった場合には、その貯金100万円で残りの借金全額を一括払いしても良いですし、100万円の半額の50万円を分割弁済の第一回目の返済に充てて残りの借金50万円を36回で分割する(この場合は毎月の弁済額は12,500円となる)などの分割弁済を組むことも可能でしょう。

このように、貯金を切り崩すことに債務者側が差し支えないのであれば、その貯金の全額を(または貯金の一部を)返済に充当し、任意整理後の毎月の弁済額を軽減させる(または一括で完済させる)ことも認められるのです。

貯金を弁済に充てる場合には弁護士や司法書士との十分な協議が必要

前述したように、任意整理に際して貯金がある場合であってもその貯金を弁済に充当することが強制されることはありませんが、自分の自由な意思でその貯金を(またはその一部を)弁済に充てることは差し支えありません。

ただし、仮にその貯金を弁済に充当する場合には、事前に弁護士や司法書士と十分に協議を行うことを忘れないようにしなければなりません。

なぜなら、安易に貯金を弁済に充ててしまうと、万が一後で任意整理の弁済が滞り自己破産に移行することになった場合に「偏波弁済」として自己破産の手続き上、裁判所から問題にされるケースがあるからです。

たとえば、A社・B社・C社からそれぞれ100万円ずつの借金があり、債務者に100万円の貯金があったと仮定しましょう。

この場合、任意整理は債務者の一部を除外して交渉することも可能ですから、C社を除いたA社とB社だけを任意整理の交渉相手に選定することも差し支えありません。

▶ 任意整理で一部の債権者だけを処理することはできる?

この場合に、仮にA社とB社との間で任意整理の交渉を行い、100万円の貯金をA社とB社に50万円ずつ案分弁済し、残りの借金50万円ずつを36回で分割するという分割弁済で任意整理の和解が整った場合には、A社に50万円、B社に50万円、C社に100万円の負債を負担した状態で任意整理の手続きが終了することになります。

しかし、この任意整理が終わった後に、A・B・C社への返済が滞り自己破産の手続きでしか処理できなくなった場合には、A社とB社にだけ貯金の50万円ずつの弁済をしていることが問題となります。

なぜなら、C社に対しては契約通りの返済しかしていないのに、A社とB社に対しては50万円ずつという大きな一部弁済を行ってしまっているからです。

このような一部の債権者にだけ有利な弁済をしてしまうことは自己破産の手続きで「偏波弁済」として免責不許可事由(※借金の返済免除が受けられないこと)になり、問題にされることがありますから、たとえ任意整理の交渉を行う場合であっても、将来的に自己破産に移行する可能性も考えて分割弁済の計画を立てなければなりません。

ですから、このように任意整理の交渉で一部の債権者にだけ貯金を弁済に充当しようとする場合には、あらかじめ弁護士や司法書士と十分に協議したうえで、あとで自己破産になった場合に偏波弁済として問題にされないかまで十分に予測し、たとえば貯金を切り崩す場合には全ての債権者に案分して弁済に充当するなど適切な措置が求められることになるでしょう。