任意整理の対象にできない(しにくい)債務とは?

任意整理は弁護士や司法書士に依頼して債権者との間で債務の減額や利息のカット、分割弁済の協議を行う債務整理手続きの一種です。

自己破産や個人再生、特定調停などの他の債務整理手続きとは異なり、裁判所に申立する必要がなく面倒な手続きが不要なことから債務整理の中でも一番多く利用されている手続といえます。

ところで、この任意整理の手続きは債務者と債権者の間で借金の返済に関する示談交渉を行う場に過ぎませんので、債権者側が任意整理の協議に応じない場合には手続きとして進めることはできませんが、その反面として、債権者側が任意整理の協議に応じるのであれば、ありとあらゆる債務を対象として任意整理で処理できることが可能となります。

もっとも、仮に債権者が任意整理の協議に応じる場合であっても債務の性質上、分割弁済の協議が適さない債務もありますし、そもそも任意整理の交渉に応じてもらいにくい債務や、任意整理をすること自体無意味な債務もありますので、債務の性質によっては最適な債務整理の手段とは言えないケースも少なからずあるのが実情です。

では、具体的にどのような性質の債務が任意整理の対象となりにくく、または任意整理の対象として適当とは言えないのでしょうか?

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任意整理の対象にできない(しにくい)債務とは?

(1)税金や年金、健康保険の滞納分

税金や年金、健康保険の滞納分など、国や地方自治体から請求される公租公課に含まれるものについては、弁護士や司法書士に依頼して任意整理してもらうのは適当ではありません。

このような公租公課の性質を持つ債務は、交渉によって減額や遅延利息のカットが認められる性質のものではありませんので、弁護士や司法書士に代理人になったもらって交渉したとしても結果は変わりませんから、弁護士や司法書士に支払う費用だけが発生して意味がありません。

ですから、税金や年金、健康保険の滞納分は任意整理で処理するには不適当といえます。

なお、税金や年金、健康保険の滞納分については市役所や区役所等の担当部署で分割支払いの相談にも応じてくれますので、滞納分を処理したい場合には自分自身で役所に足を運び、分割払いの相談をするようにしてください。

(2)養育費や慰謝料

離婚に伴う養育費や慰謝料の支払いについては、離婚する際に当事者間で取り決められていると思いますが、たとえば離婚当初は支払いができていてもその後の転職やリストラ等の原因によって収入に変化が生じ事実上支払いが困難になっている場合もあるかもしれません。

そのような場合には支払わなければならない養育費や慰謝料を滞納することになるかもしれませんが、このような養育費や慰謝料は相手方の生活に直結する性質もありますので「任意整理」という形で支払総額の減額等を求めるのは困難でしょう。

そのため、仮に離婚後に何らかの事情で当初の計画通り養育費や慰謝料を支払うことが困難になっている場合には、まず速やかに弁護士に相談し、相手方の元配偶者に代理人弁護士が付いている場合にはその弁護士と、相手方に弁護士が付いていない場合には元配偶者本人との間で、毎月の支払額の変更や猶予などに合意してもらうよう協議するしかないのではないかと思います。

(3)光熱費や通信費の滞納分

電気やガス、水道などの光熱費や携帯電話などの通信費の滞納分についても任意整理の対象として処理するには適していません。

なぜなら、電気やガス、水道などの光熱費、携帯電話の通信費などは弁護士や司法書士が代理人となって交渉しても債務の減額は通常期待できないからです。

また、そもそも光熱費や通信費は貸金などと異なり利息は付いていませんから、任意整理のメリットとなる経過利息や将来利息のカットという面を考えても任意整理の交渉をするメリットはほぼありませんから、弁護士や司法書士に支払う報酬を考えると任意整理をするだけ無駄でしょう。

それに、光熱費や通信費はそもそもが毎月使用した分だけをその翌月か翌々月に支払ういわば「分割払い」になっていますので、弁護士や司法書士があえて介入して分割弁済の協議を行うこと自体あまり意味を成しません。

ですから、このような光熱費や通信費の滞納分がある場合には、毎月の家計や省エネを意識して毎月の使用料を減らして滞納分を順次解消していくほかないのではないかと思います。

もっとも、たとえば何らかの事故で水道を出しっぱなしにしたために高額な水道代の請求を求められているとか、違法な海外サイトにアクセスしたため高額な通信費を携帯会社から請求されているような場合には、弁護士に代理人となって交渉してもらうことで債務額が減額できるかもしれませんので、そのような特別な事情がある場合には弁護士に相談することも必要でしょう(※ただしこの場合はもはや任意整理ではなく民事トラブルの示談交渉と依頼することになります)。

(4)自営業者の買掛金

自営業者などの個人事業主の人は取引先からの買掛金を支払えず事業が困難になっている場合も有るかもしれません。

そんな場合は取引先に支払わなければならない買掛金債務を任意整理で処理できないか気になるかもしれませんが、実務的には難しいのではないかと思います。

そもそも任意整理は債権者が協議に応じてくれることが前提条件となりますが、貸金業者やクレジット会社などと異なり、一般の企業は任意整理の重要性などについてはあまり理解していないことが多いので、買掛金の債権者となる取引先が任意整理の交渉に応じてくれる保証はないでしょう。

また、仮に任意整理の交渉に応じてくれたとしても、債務の減額や長期の分割弁済の交渉をしてしまうことで信用を失ってしまうことになりますから、任意整理後に従来通りの取引に応じてくれるかは疑問が生じてしまいます。

ですから、今後その取引先との関係を失ってしまっても構わないという場合は別ですが、そうでないのであれば弁護士や司法書士を雇って任意整理の対象として交渉するのは控えた方が良いのではないかと思います。

なお、買掛金を任意整理で処理する場合の注意点などについてはこちらのページでも詳しく解説しています。

▶ 個人事業主の任意整理、買掛金も処理できる?

(5)保育料や医療費

保育料や医療費の滞納分も任意整理で減額や長期の分割を交渉するのは難しいと思われます。

貸金業者やクレジット会社が任意整理に応じてくれるのは、金融庁の指導等もありますが、これらの金融機関では長期の弁済計画等の協議は通常業務の範囲内であり、弁護士や司法書士から債務整理の連絡があっても通常業務の範囲内で対応することが可能だからです。

一方、保育園や幼稚園、病院などの医療機関はそもそも料金の支払いについて分割払いの交渉があることはあらかじめ想定されていませんから、弁護士や司法書士から「36回の分割払いにしてください」と交渉されても、経理の関係でそれを簡単に了承することはできません。

ですから、保育料や医療費を任意整理で処理しようとしても、債権者となる保育園や病院側が素直に応じてくれる保証はありませんし、仮に交渉に応じても長期の分割等が認められる可能性はそれほど高くないかもしれません。

もちろん弁護士や司法書士が依頼を受けてくれるのであれば可能性はありますが、保育料や医療費の任意整理を受けてくれる事務所はそれほど多くはないと思いますので、これらの代金を任意整理で処理することはあまり期待しない方が良いのではないかと思います。