借金の返済が事実上不可能になった場合には、裁判所に自己破産の申立を行い、裁判所から自己破産による「免責」の決定を出してもらうことで全ての借金(負債)の返済が免除されます。
自己破産の免責が認められると債権者はその免責を受けた債務者に対する債権の請求権を法的に行使することができなくなりますから、債務者は全ての借金から事実上逃れることができ、生活の再建が図れるようになるのです。
しかし、自己破産は清算手続きの面を有していますので、裁判所から免責を受けるためには一定の不利益を受けることは甘受しなければなりません。
たとえば、自己破産の手続きでは一定の自由財産(現金は99万円まで)を超える資産(たとえば土地や建物、車、20万円を超える貴金属や銀行預金、生命保険の解約返戻金など)は原則として裁判所(破産管財人)が売却しその売却代金が債権者に案分弁済(配当)されることになりますし、自己破産の手続き中は警備員や保険の募集人(保険の販売員)など一定の職種に就くことができなくなってしまうなどの不利益を受けることは避けられないのです。
ところで、この自己破産の手続きで生じる不利益に関して、取締役や監査役など会社の役員が自己破産した場合、役員をそのまま続けられるのかという問題があります。
取締役や監査役など会社の役員は、会社という法人の大切な資金や資産を適切に管理する義務を負っていますが、自分自身の家計管理も出来ずに自己破産してしまうような人間が、会社という個人よりも大きな規模の資産管理ができるはずがありませんから、役員という重要な地位に就き続けることは是認されるべきではないという考えも成り立ちうるからです。
では、会社の取締役や監査役などに就任している役員が自己破産した場合、その役員としての地位はどのように扱われるのでしょうか?
役員の地位をはく奪されたり、自ら辞任することを求められたりすることがあるのでしょうか?
取締役や監査役など会社の役員が自己破産した場合には当然にその地位を失うことになる
結論からいうと、取締役や監査役など会社の役員が自己破産の手続きを申立てた場合には、その役員としての地位を当然に失うことになります。
この点、会社法という法律では取締役や監査役になることができる資格について規定されていますが(取締役は会社法331条1項、監査役は同条335条1項)、「破産者」は取締役や監査役の欠格事由として規定されていませんので、会社法では仮に現役の取締役や監査役が自己破産をしたとしてもその地位に影響は生じないといえます。
しかし、取締役や監査役といった会社の役員に就任するためには、株主総会で行われる取締役または監査役の選任決議を経る必要がありますから、取締役や監査役など会社の役員たる地位は、会社の株主から「委任」を受けた委任契約に基づく必要があることになります。
この点、「委任」については民法にその規定がありますが、民法では委任契約の受任者が「破産手続開始の決定を受けたこと」が当然に委任契約が終了する事由として明記されていますので(民法第653条第2号)、現役の取締役や監査役が自己破産の申立を行った場合には、株主からの「委任」自体が終了してしまうことになります。
【民法第653条】
委任は、次に掲げる事由によって終了する。
第1号 委任者又は受任者の死亡
第2号 委任者又は受任者が破産手続開始の決定を受けたこと。
第3号 受任者が後見開始の審判を受けたこと。
取締役や監査役の地位の前提となる株主からの「委任」が終了してしまうということは、当然、取締役や監査役という地位も失うことになりますから、取締役や監査役が自己破産の申し立てをすることによって当然に取締役や監査役の地位を失うことになります。
破産手続きが終了した後に再度取締役や監査役に就任することは差し支えない
前述したように、取締役や監査役として就任している人が自己破産の手続きを行った場合には、株主との委任関係が終了することになってしまうため、当然に取締役や監査役としての地位も消滅してしまうことになります。
もっとも、だからと言って自己破産すると永久に取締役や監査役になれないわけではありません。
前述したように、民法の第653条第2号では「受任者が破産手続開始の決定を受けたこと」が委任契約の終了事由とされていますので、「破産手続開始の決定を受けた」状態から解放された場合は、再び委任契約を結ぶことは何ら差し支えありませんから、「破産手続開始の決定を受けた」状態から解放された後に再度株主総会で取締役や監査役に選任されることができれば、取締役や監査役に就任することは可能です。
この点、どのような状況になれば「破産手続開始の決定を受けた」状態から解放されるのかが問題となりますが、破産の手続きは裁判所から「免責許可決定」が出されて、その「免責許可決定」が「確定」した時点で終了することになりますから、「免責許可決定」が「確定」した後が「破産手続開始の決定を受けた」状態ということになります。
▶ 自己破産すると取締役や監査役など会社の役員になれなくなる?
※なお、「免責許可決定」が裁判所から出された後「確定」するまでは官報公告などの事務手続きの為1か月程度の期間を要するのが一般的ですので、「免責許可決定」が出されてから約1か月程度経過した後に「免責許可決定」が「確定」し、自己破産の手続きが終了することになります。
したがって、取締役や監査役が自己破産を申し立てた場合には、裁判所から自己破産の「開始決定」が出された時点で株主との委任契約が終了することから当然に取締役や監査役の地位を失うことになりますが、自己破産の手続きが進行し裁判所から「免責許可決定」が出されて、その「免責許可決定」が「確定」した後であれば、株主総会の選任決議で再び取締役や監査役に選任された場合には、再び取締役や監査役に就任することも可能といえます。
最後に
以上のように、取締役や監査役が自己破産の手続きを行った場合にはいったん取締役や監査役の地位を失うことになりますが、自己破産の手続きが終了すれば再び取締役や監査役に就任することは差し支えありません。
ですから、取締役や監査役の地位にある人が多重債務に陥っている場合には、早めに弁護士や司法書士に相談し、会社の役員人事に支障が出ないよう慎重でかつ迅速な申立を行う必要があります。
取締役や監査役の地位を失うことを懸念して申立を先延ばしにすると、自己破産の手続きが複雑化してかえって手続き期間が延びてしまうこともあり、そうなると取締役や監査役の地位にいられない期間も長期化することも懸念されますので、早め早めの相談を心掛けることが大切といえるでしょう。