多重債務に陥っている人の中には、病院の診察料や医療費、歯医者の治療費などの支払いが滞っている人も少なからずいるのではないでしょうか?
このような場合、病院の医療費や歯医者の治療費も一般の貸金業者やクレジット会社からの借金と同様に考えることができますから、自己破産の手続きを行い、裁判所から免責の許可を受けることができれば、これらの医療費・治療費等の支払いは全て免除してもらうことが可能です。
しかし、このように病院の医療費や歯医者の治療費が自己破産の手続きで処理できるとしても、病院の医療費や歯医者の治療費を自己破産の手続きで処理することには差し支えが生じるのが通常です。
なぜなら、自己破産の手続きで処理するということは、いわば「借金を合法的に踏み倒す」ことになるわけですから、自己破産の手続きによって医療費や治療費を処理してしまうと、その相手方の病院や歯医者の信用を失い、その後の診療や治療を拒否されてしまうのではないか、という心配が生じるからです。
この点、病院や歯科医院を無数に選択できる大都市や都市部であれば、仮に診察や診療を拒否されたとしても他の病院や歯科医院を探すことはたやすいかもしれません。
しかし、病院や歯科医院の数が限られる農村部や山間部などの田舎であったり、離島のように病院や歯科医師の数が極端に少ない地域では、1つの病院や歯科医院から診察・治療を拒否されることは生命の危機にも直面する危険性もありますから、医療費や治療費の未払い分を自己破産で処理することに事実上の抵抗が生じてしまうことも十分に考えられます。
では、病院の医療費や歯医者の治療費の未払い分を自己破産の手続きで処理した場合、医師や歯医者から診療や治療を拒否されたりすることがあるのでしょうか?
医療費や治療費を自己破産で処理しても医師や歯医者から診療や治療を拒否されることはない
結論からいうと、病院の医療費や歯医者の治療費を自己破産の手続きで処理し、支払いをしなかったからと言って、その後にその病院や歯科医院から診療や治療を拒否されることはあり得ません。
なぜなら、医師や歯医者は患者から診察や治療の求めを受けた場合、正当な理由がない限り、その診療や診察、治療を拒否することができないからです(医師法第19条1項、歯科医師法第19条1項)。
【医師法第19条1項】
診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
【歯科医師法第19条1項】
診療に従事する歯科医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。
この点、上記の法律では「正当な事由」があれば診療や治療を拒否できると規定されていますから、「過去に自己破産の手続きで医療費や治療費の支払いを受けられなかった」ことをもって「正当な事由」とし、医師や歯医者が「診察治療を拒否する正当な事由がある」と主張して診察や治療を拒否する可能性も全く無いわけではありません。
しかし、厚生労働省(旧厚生省)の見解では、医師法第19条や歯科医師法第19条にいう「正当な事由」とは「医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合(各都道府県知事あて厚生省医務局長通知:昭和24年9月10日医発第752号)」に限られ、「偉業報酬が不払いであっても直ちにこれを理由として拒むことはできない(長野県衛生部長あて厚生省医務局医務課長回答:昭和30年8月12日医収第755号)」ものと考えられていますから、自己破産によって医療費や治療費の支払い義務を逃れたことは、医師や歯医者が診察や治療を拒否することができる「正当な事由」には当たらないといえます。
【昭和24年9月10日医発第752号】
(中略)
診療に従事する医師または歯科医師は医師法第19条及び歯科医師法第19条に規定してあるように、正当な事由がなければ患者からの診療のもとめを拒んではならない。
而して何が正当な事由であるかは、それぞれの具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべきであるが、今ここに一、二例をあげてみると、
(一)医業報酬が不払いであっても直ちにこれを理由として診療を拒むことはできない。
(以下、省略)≪以上、病院診療所の診療に関する件:昭和24年9月10日医発第752号:各都道府県知事あて厚生省医務局長通知から引用※抜粋≫
【昭和30年8月12日医収第755号】
(中略)
医師法第19条にいう「正当な事由」のある場合とは、医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合に限られるのであって、患者の再三の求めにもかかわらず(中略)これを拒絶することは、第19条の義務違反を構成する。
(以下、省略)≪昭和30年8月12日医収第755号:長野県衛生部長あて厚生省医務局医務課長回答から引用※抜粋≫
したがって、仮に過去に自己破産の申し立てによって病院や歯科医院の診療報酬や治療費の免責を受けた事実があったとしても、その同じ病院や歯科医院が診療や治療を拒むことはできませんから、過去の自己破産によって病院や歯科医院の診療・治療が受けられなくなることはないといえます。
なお、仮にこの厚生労働省(旧厚生省)の見解に反して、病院や歯科医院が過去の自己破産による治療費等の支払いがなされなかったことを理由に診療や治療を拒否した場合には、その医師や歯科医師は、医師や歯科医師に課せられた「応招義務(診察治療を受けなければならない義務)」に違反するものとして「三年以内の業務の停止」や「医師免許の取消」等の処分を受けることになりますから(長野県衛生部長あて厚生省医務局医務課長回答:昭和30年8月12日医収第755号、医師法第7条2項、歯科医師法第7条2項)、よほど悪徳な医師や歯科医師でない限り、自己破産で医療費や治療費を支払わなかったことを理由に診療や治療を拒否されることはないと考えられますので安心してよいと思います。
【昭和30年8月12日医収第755号】
(中略)
医師が第19条の義務違反を行った場合には罰則の適用はないが、医師法第7条にいう「医師としての品位を損するような行為のあったとき」にあたるから、義務違反を反復するが如き場合において同条の規定により医師免許の取消又は停止を命ずる場合も有りうる。≪昭和30年8月12日医収第755号:長野県衛生部長あて厚生省医務局医務課長回答から引用※抜粋≫
【医師法第7条2項】
医師が(中略)医師としての品位を損するような行為のあったときは、厚生労働大臣は、次に掲げる処分をすることができる。
第1号 戒告
第2号 三年以内の医業の停止
第3号 免許の取消し【歯科医師法第7条2項】
歯科医師が(中略)歯科医師としての品位を損するような行為のあったときは、厚生労働大臣は、次に掲げる処分をすることができる。
第1号 戒告
第2号 三年以内の歯科医業の停止
第3号 免許の取消し
最後に
このように、農村部や山間部、離島など医師や歯科医師の数が限られる地域では、医師や歯科医師の治療費・診察代の未払い金を自己破産で処理してしまうと、その後に医師や歯科医師から診察や治療拒否されてしまうのではないか、と心配してしまう人もいるかもしれませんが、仮にその医師や歯科医師に支払わなければならない診察代や治療費を自己破産で処理したとしても、その医師や歯科医師は診察や治療を拒否することはできないため、医療サービスを受けられなくなるという心配は一切ないのです。
もちろん、医師や歯科医師の診察料や治療費の支払いができなくなるまで借金を重ねてしまうことは避けるべきですが、やむを得ずそのような状況に陥った場合には自己破産で処理するしかありませんので、早めに弁護士や司法書士に相談し自己破産の手続きを進めるべきであろうと思います。