自己破産の申し立てを検討している人の中には、子供の将来の進学のために学資保険に契約している人も少なからずいるのではないでしょうか。
学資保険は一定期間保険料を納めることによって子供の将来の学資金の支払いを受けることを目的とした保険契約になりますが、保険の契約期間によっては一定の解約返戻金が積み立てられるため、資産形成におけるポートフォリオの一つとして利用されることもあるのではないかと思います。
ところで、このような学資保険を契約している人が自己破産する場合には、自己破産の申し立て前にむやみやたらにその学資保険を解約してしまわないように注意しなければなりません。
なぜなら、自己破産の申し立て前に子供名義の学資保険を解約してしまうと、解約に伴って払い戻される解約返戻金の分だけ債務者の資産を目減りさせたものと判断され、免責(自己破産で借金の返済が免除されること)が認められなくなってしまう可能性があるからです。
学資保険の解約返戻金は自己破産の手続きにおける「資産」と判断される
先ほども述べたように、子供の将来の学費を確保するために契約する学資保険は積み立て式の保険という性質上、解約すればその契約期間に応じた解約返戻金が払い戻されることになるため、その解約返戻金の金額が「資産」として形成されることになります。
そうすると当然、その学資保険を契約している「親」が自己破産する場合においても、その学資保険によって積み立てられた解約返戻金は自己破産の申し立てを行う債務者の「資産(財産)」と判断されることになりますから、自己破産の手続きが開始されれば裁判所に取り上げられてしまうことは避けられません。
なぜなら、自己破産の手続きは裁判所から免責の決定を受けることによって借金の返済義務を免除してもらう手続きですが、それと同時に自己破産の申立人である債務者の資産と負債を清算する清算手続きという側面も有しているからです。
自己破産の手続きさ債務者の資産と負債を清算する手続きである以上、債務者が保有している資産(財産)を裁判所が取り上げて換価し、債権者への配当を実施しなければなりませんから、自己破産の申立人が子供のために学資保険を契約している場合には、その学資保険によって積み立てられた解約返戻金が「資産(財産)」と判断されて裁判所に取り上げられることになるのです。
この点、子供のために契約した学資保険は契約者が子供名義になっていることが多いので、その学資保険によって積み立てられる解約返戻金は自己破産する「親」の資産ではなく「子供の資産」になるはずだから「親」の自己破産の手続きで取り上げられるのはおかしいのではないか、という疑問が生じるかもしれませんが、その理屈は通りません。
なぜなら、親が子の将来のために契約する学資保険は、たとえその契約者が子供名義であったとしても、その保険料は「親」が支払うのが一般的ですので、常識的に考えれば「親」が働いて得たお金や「親」が金融機関から借り入れたお金が形を変えて形成された資産(財産)と判断されるからです。
もちろん、芸能人の中には子役として大人以上のギャラを稼ぎ出す子供もいますし、学生でありながら特異な発明やシステム開発によって起業し莫大な利益を上げている子供もいますので、そのような子供の場合は子供自らの資金で学資保険を契約しているケースもあるかもしれませんが(※まぁ、このようなケースではお金に不自由していないので学資保険にそもそも加入するかという疑問はありますが…)、一般的な家庭で考えた場合は「親」が保険料を支払っていると考えるのが常識的でしょう。
ですから、たとえ「子供名義」の学資保険であっても実質的には「親が形成した親の資産(財産)」と判断されるため、「親」が自己破産する場合には、その学資保険によって積み立てられた解約返戻金が「親の資産」として裁判所に取り上げられることになるのです。
▶ 自己破産すると子供の学資保険も管財人に取り上げられる?
学資保険の解約は解約返戻金という資産を減少させる行為にあたる
このように、たとえ子供名義の学資保険であっても、その学資保険によって積み立てられた解約返戻金は「親の資産」として判断されることになりますから、自己破産の申し立てを行う予定にある「親」が子供のために契約している学資保険がある場合には、その学資保険によって積み立てられた解約返戻金は自己破産の手続きが開始されれば裁判所に取り上げられて強制的に解約され、保険会社から払い戻される解約返戻金が債権者への配当に充てられることになるのは避けられません。
そうなると、その解約返戻金は「債権者への配当に充てられることが予定されている資産」ということになりますから、もし仮に自己破産の申立人である「親」が自己破産の申し立て「前」に学資保険を解約して解約返戻金の払い戻しを受けてしまった場合には、その払い戻しを受けた分だけの金額について「債権者への配当に充てられるはずの資産」が目減りしてしまう結果となり、債権者の利益を害する結果となってしまうでしょう。
もちろん、子供名義の学資保を解約し、解約返戻金を受け取っただけではその受け取った解約返戻金は「現金」として存続しているわけですから、資産の総額としては変わりないかもしれません。
しかし、「解約返戻金」という資産が失われることになるのは間違いありませんから、その「解約返戻金が消滅した」ということ自体が「債権者の資産を消滅させた」ということで債権者の利益が害される結果となるのです。
自己破産の申し立て前に資産を減少させる行為は免責不許可事由に該当する
このように、自己破産の申し立て前に子供名義の学資保険を解約し解約返戻金を受け取ってしまう行為は「債権者への配当に充てられる資産」を減少させるものとして「債権者の利益を害する」ことにつながるわけですが、このような「債権者への配当に充てられるべき資産(※このような資産のことを法律上は破産財団といいます)」を不当に減少させる行為は、破産法252条1項1号で禁止される「破産財団の価値を不当に減少させる行為」に該当する恐れがあります。
裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
一 債権者を害する目的で、破産財団に属し、又は属すべき財産の隠匿、損壊、債権者に不利益な処分その他の破産財団の価値を不当に減少させる行為をしたこと。
二(以下省略)
この点、先ほども少し述べたように、学資保険を解約して解約返戻金を受け取っただけでは、「解約返戻金」という資産が「現金」という資産に形を変えただけであって「資産の総額は減少していない」という言い訳ができるかもしれません。
しかし、学資保険を解約して解約返戻金を「現金」として受領してしまえば、「解約返戻金」という資産はその時点で消滅してしまうわけですから、その「解約返戻金」という資産が債権者への配当に充てられる資産から離脱してしまうこと自体が「破産財団の価値を不当に減少させる行為」として免責不許可事由の問題を生じさせてしまうことは避けられないでしょう。
※自己破産の手続きでは「現金」については99万円まで、「現金以外の資産」については20万円までの資産については自由財産として保有することが認められていますので、「99万円を超える現金」や「20万円を超える現金以外の資産」がある場合は裁判所に取り上げられて債権者への配当に充てられるのが原則です。
そのため例えば、解約返戻金が20万円ある学資保険と79万円の現金を保有している債務者が自己破産するケースでは、そのままの状態で自己破産の申し立てを行った場合には、「現金」の79万円についてはそのまま保有することが認められますが、20万円の学資保険の解約返戻金については債権者への配当に充てるために裁判所に取り上げられてしまうことになるのが通常です。
しかし、もし仮にこの場合、自己破産の申し立てをしようとしている債務者が申立前に学資保険を解約して20万円の解約返戻金を「現金」として受け取った場合には、解約返戻金の20万円が消滅してしまう代わりに、99万円の現金が作られてしまうことになるでしょう。
そうなると、「現金」は自由財産として99万円までの保有が認められていますので、債権者が「配当に充てられるべき20万円が不当に減少させられてしまう」ことになる一方で、自己破産の申し立てを行う債務者は「本来であれば79万円の現金しか得られない」はずであったにもかかわらず「それより20万円多い99万円の現金」を保有することができることになってしまいます。
このように、自己破産の申し立てを行う債務者が申立前に学資保険を解約して解約返戻金を「現金」として受け取ってしまうと、「債務者の資産の総額」自体は変わらなくても「債権者が配当として受け取るべき資産」の金額は目減りしてしまう結果となってしまうため、破産法252条1項1号で禁止される「破産財団の価値を不当に減少させる行為」に該当し免責不許可事由の責任を問われる恐れがあるわけです。
最後に
以上のように、自己破産の申し立てを行う債務者が子供のために学資保険を契約している場合には、その学資保険の名義が子供のであったとしても「親」の資産と判断されて債権者への配当原資に充てられるのは避けられません。
また、そうであれば、その学資保険を自己破産の申し立て前に解約して解約返戻金を受け取ってしまうと債権者への配当に充てるべき資産(破産財団)を不当に減少させる行為として免責不許可事由の問題を生じさせることにつながりますから、そのようなことにならないように十分に注意する必要があるといえます。
このように、学資保険の解約返戻金が発生しているケースでは自己破産の手続き上大きな問題を生じさせる危険性がありますので、子供のために学資保険を契約している人が自己破産の申し立てを行う場合には、早めに弁護士や司法書士に相談して適切な処置をしてもらう必要があるといえます。