多重債務に陥っている人の中には、借金が原因で夫や妻との間にいさかいが発生し、お金関係で破産するより先に夫婦関係が破綻して離婚してしまった…という人も意外と多くいるのではないかと思います。
仮に夫婦が離婚した場合、一方に不貞行為などの責められるべき問題がない限りもう片方は慰謝料を請求することはできませんが(財産分与は請求できます)、借金が原因で離婚する場合には借り入れたお金の使途や目的に不貞行為が含まれることも多くありますから、別れた妻や夫から慰謝料請求を受けた状態で自己破産に至るという人も少なからずいるのが実情かもしれません。
ところで、このように離婚した一方が離婚に伴う慰謝料の請求を受けている状態で自己破産した場合、その請求を受けている慰謝料は自己破産の免責を受けることによって支払い義務を逃れることができるのでしょうか?
離婚に伴う慰謝料は免責の対象となるのが原則
結論から言うと、離婚に伴う慰謝料についても自己破産の免責の対象となります。
もちろん、自己破産の申立書の債権者一覧表にその「離婚に伴う慰謝料」を債務として、その慰謝料を支払う元夫(元妻)を債権者として記載しておくことは最低限必要になりますが、自己破産の免責が下りてその免責許可決定が確定すれば、他の借金と同じようにその支払い義務から逃れることが可能となります。
なぜこのような結論になるかというと、自己破産の手続きを定めた破産法では、その第253条1項で自己破産の免責が確定しても免責の対象としない債権を「非免責債権」として規定して免責の効力を排除していますが、そこに「離婚に伴う慰謝料」は列挙されていないからです。
【破産法第253条1項】
免責許可の決定が確定したときは、破産者は、破産手続による配当を除き、破産債権について、その責任を免れる。ただし、次に掲げる請求権については、この限りでない。
一 租税等の請求権(共助対象外国租税の請求権を除く。)
二 破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権
三 破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(前号に掲げる請求権を除く。)
四(以下省略)
この点、「離婚に伴う慰謝料」も、その法的性質は配偶者への「不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)」に基づくものと考えられていますので、「離婚に伴う慰謝料」が同条1項2号の「悪意で加えた」不法行為に基づく損害賠償請求権や、同3号の「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する」不法行為に基づく損害賠償請求権にあたるのではないかという疑問が生じますが、以下の理由を考えるとそれにはあたらないといえます。
(1)「離婚に伴う慰謝料」が「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」にあたらない理由
「離婚に伴う慰謝料」が発生する原因は様々ですが、先ほども述べたように不貞行為など配偶者を精神的に傷つける行為が理由とされることが多いのではないかとおもわれます。
そうすると、「不貞行為」は「浮気(不倫)」という行為が本人の「過失(※浮気を「故意」に配偶者にバラす人はいないと思いますので…)」によって「配偶者にバレてしまうことによって配偶者を精神的に傷つける」ということになりますので、その法的性質は民法709条に基づく「不法行為による損害賠償請求権」ということになるでしょう。
【民法709条】
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
このように考えた場合、「離婚に伴う慰謝料」が「不法行為による損害賠償請求権」であるとすれば、破産法第253条1項2号の「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」に該当し非免責債権になるのではないかという問題が生じます。
しかし、この破産法第253条1項2号にいう「悪意で加えた」とは「他人を害する積極的な意思(害意)」が必要と考えられていますので、「浮気」や「不倫」が配偶者にバレないように密かに隠れて行われることを考えると、離婚の原因となった不貞行為に「配偶者を害する積極的な意思」があったとは言えないでしょう。
「浮気」や「不倫」をする際に「この浮気(不倫)をしたことが後で夫(妻)にバレてしまうことで夫(妻)を精神的に傷つけてやろう」と考えて配偶者以外の異性と性的関係を持つ人は常識的に考えればいないからです。
このような理由から、「離婚に伴う慰謝料」は破産法第253条1項2号にいう「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」にあたらないといえますので、「離婚に伴う慰謝料」は非免責債権には含まれないことになり、自己破産の免責が確定すれば「離婚に伴う慰謝料」についても免責の対象となり、その全額の支払い義務を免除されるということになるのです。
(2)「離婚に伴う慰謝料」が「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権」にあたらない理由
(1)で述べたように「離婚に伴う慰謝料」が発生する原因の多くは不貞行為によるものが多く、その「浮気」や「不倫」が配偶者にバレてしまうことは配偶者を精神的に傷つけてしまうことになりますので「離婚に伴う慰謝料」の法的性質は「不法行為による損害賠償請求権」にあたると考えられます。
この点、「離婚に伴う慰謝料」が「不法行為による損害賠償請求権」であるとすれば、破産法第253条1項3号にいう「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権」にあたるのではないかという疑問が生じますが、それには当たらないと考えられます。
なぜなら、仮にその不貞行為の事実が配偶者に「バレてしまったこと」について「故意や重大な過失」があったとしても、それによって配偶者の生命」や「身体」が害されるというような事態は、通常は考えられないからです。
もちろん、「浮気」や「不倫」をされたことを知ってしまった配偶者は「嫉妬」や「裏切られた」という思いから「酷く精神的に傷ついてしまう」結果となることは十分に想定できます。
しかし、その「精神的な苦痛」によって出血したり、息が止まったり、打撲を受けたりといったようにその配偶者の「生命」や「身体」が害されるというような事態は常識的には考えられないでしょう。
このように、「不貞行為をすること」や「不貞行為がバレてしまうこと」自体が「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為」にあたることは常識的に考えられないわけですから、「離婚に伴う慰謝料」が破産法第253条1項3号の「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権」にあたることはないといえます。
ですから「離婚に伴う慰謝料」は非免責債権には含まれないことになりますので、裁判所から免責出されればその「離婚に伴う慰謝料」の全額の支払いが免除されるということになるのです。
【養育費の場合との違い】
なお、「離婚」する場合には「慰謝料」の他に「養育費」の支払いを求められることがありますが、この「養育費」については自己破産の手続き上「非免責債権」とされていますので免責を受けても「養育費」の支払い義務が免除されることはありません。
これは、先ほども述べたように「慰謝料」が民法709条に基づく「不法行為による損害賠償請求権」であるのに対し、「養育費」が「子に対する監護扶養義務」から導き出されるものであってその法的性質が全く異なる点に由来しています。
「慰謝料」と「養育費」はどちらも離婚する際の協議で同時に支払いを求められることが多いので、一般の人は「離婚に伴う慰謝料」と「離婚に伴う養育費」を同一のものと考えがちですが、法的には全く別の請求権として理解されますので両者を混同しないように注意してください。
(※ちなみに養育費が免責の対象となるかについてはこちらのページで詳しく解説しています→自己破産すれば養育費の支払い義務も免責される?)
ただし、DVなどが理由で離婚した場合の慰謝料は免責の対象とならない場合もある
以上で説明したように「離婚に伴う慰謝料」は「不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条)」に基づくものであるものの、破産法第253条1項2号ないし3号に規定される「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」や「破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権」には該当せず、自己破産の免責の対象になるものと考えられるのが通常です。
しかし、その「離婚に伴う慰謝料」が「DV(ドメスティックバイオレンス)」を原因によって生じたものである場合は結論が異なります。
なぜなら、「離婚に伴う慰謝料」がDVによるものである場合には、その行為は実態上の「暴力」や「傷害」を含むものと判断されるからです。
その「離婚に伴う慰謝料」が発生した原因に「暴行」や「傷害」などが含まれる場合にはその不法行為の原因に「相手方を積極的に害する意図」があったと判断できますし、「故意」や「重大な過失」によって配偶者の「生命または身体を害する」行為があったと推定されるでしょう。
そうであれば当然、その「離婚に伴う慰謝料」は破産法第253条1項2号ないし3号に規定された「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」や「破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権」に含まれることになりますので、DVが原因となっている「離婚に伴う慰謝料」の場合には、非免責債権にあたるものとして免責の対象とはならないことになるでしょう。
このようにDVが原因で離婚することになり、そのDVを原因とした「慰謝料」を請求されているような場合には、たとえ自己破産で免責を受けたとしても、その「離婚に伴う慰謝料」は免責されず、自己破産した後もその全額を支払わなければならない義務が残り続ける、ということになるものと考えられます。
最後に
このように「離婚に伴う慰謝料」は一般的には非免責債権には該当しないため自己破産の免責が得られればその「離婚に伴う慰謝料」の支払い義務から逃れられることは可能と考えられますが、その「離婚に伴う慰謝料」がDVなど暴力を伴うようなケースでは非免責債権にあたることから非免責債権として免責の対象にはならない場合もあるということが言えます。
もっとも、実際に「離婚に伴う慰謝料」が非免責債権当たるか否かという点はケースバイケースで判断するしかない場合も多く、このような一般論では判断できない面もありますので、「離婚に伴う慰謝料」を負担している人が自己破産する場合には、早めに弁護士や司法書士に相談し、適切な対処をしていくことが何より重要と言えます。