生命保険の契約者貸付を利用すると自己破産の免責が下りない?

自己破産の手続きは借金の返済義務を「免除(免責)」してもらうのと同時に申立人である債務者の資産を清算と負債を「精算」する手続きでもありますから、自己破産の申立人に一定の資産がある場合には、自由財産として保有が認められるものを除いて、そのすべてが裁判所(破産管財人)に取り上げられて売却され、その売却代金が債権者への配当に充てられることになるのが通常です。

この債権者への配当に充てられる資産には様々なものがありますが、個人の破産手続きで最も多くみられるのが生命保険の解約返戻金です。

積み立て式の生命保険や医療保険等では毎月の保険料の一部が解約返戻金として積み立てられることになり、その積み立てられた解約返戻金が「金融資産」として保険契約者の財産として形成されますので、そのような解約返戻金がある場合には、その解約返戻金の残高が自己破産の手続きにおける「債権者への配当に充てられるべき資産」として裁判所における換価の対象となるのです。

ところで、このような解約返戻金の積み立てられる保険契約では、保険会社が解約返戻金の限度で契約者にお金を貸し付ける「契約者貸付」の制度が利用できる場合がありますが、そのような「契約者貸し付け」を利用している債務者が自己破産の申し立てを行う場合には、免責(借金の返済義務が免除されること)の審査において問題が生じる場合があるので注意が必要です。

なぜなら、保険会社が取り扱う「契約者貸付」は、解約返戻金という「債権者への配当に充てられるべき資産」を取り崩すことになるため、債権者の利益を害する行為として破産法により厳しく制限されているからです。

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そもそも保険会社の「契約者貸し付け」とは?

先ほどものべたように、積み立て式の生命保険では毎月の保険料の一部が解約返戻金として積み立てられることになっており、その積み立てられた解約返戻金が「金融資産」として保険契約者の財産となります。

そして、このような解約返戻金がある保険契約では、その解約返戻金の残高に応じて契約者が保険会社からお金を借り入れることができる「契約者貸し付け」の制度を利用することが一般に認められているのです。

たとえば、保険契約者に100万円の解約返戻金がある場合は、その解約返戻金の100万円を上限として保険契約者が保険会社からお金を借りることができることが可能で、そのような保険会社の貸付制度が「契約者貸し付け」と呼ばれているわけです。

保険会社の「契約者貸付」は実質的には資産の取り崩し(前払い)になる

もっとも、これは「貸し付け」と呼ばれてはいますが、法律的には「貸付」という「金銭消費貸借」が行われているわけではなく、単に積み立てられた解約返戻金の一部が取り崩されて保険契約者に支払われているだけにすぎません。

ですから「契約者貸付」とはいっても、実質的には解約返戻金という「資産」を契約者が自ら取り崩して消費しているにすぎず、本来であれば保険の解約時に払い戻されるはずの解約返戻金を、解約する前に「前払い」してもらっていることになります。

つまり、生命保険会社等が実施している「契約者貸し付け」を利用して金銭の貸付を受けている場合は、「生命保険会社からお金を借りている」のではなくて「本来であれば保険を解約するときに払い戻される解約返戻金を解約前に受け取っているだけ」ということになるのです。

自己破産の申立人が「契約者貸付」を利用して解約返戻金を目減りさせる行為は債権者の利益を害する結果となる

このように、生命保険や医療保険等で発生する解約返戻金を原資にした「契約者貸し付け」を利用することは、その保険契約者の「資産」である解約返戻金を取り崩すことになりますが、破産手続きのルールを定めた破産法という法律では、自己破産の申立人が自分の「資産」を目減りさせる行為を厳しく制限していますので、そのような「契約者貸付」を利用すること自体が自己破産の手続き上で問題になるケースがあります。

(1)免責不許可事由として問題になる場合

たとえば、自己破産の申し立て直前に保険会社の契約者貸付を利用したような場合です。

先ほども述べたように、保険会社の契約者貸付は単に「解約返戻金」という保険契約者の「資産」から「将来保険が解約された際に払い戻されるはずの解約返戻金の一部」を払い戻してもらっているだけにすぎませんから、その契約者貸付を利用して貸付を受けた金額だけ、その「解約返戻金」という「資産」が減少してしまうことになります。

しかし、保険の解約返戻金は「債権者への配当に充てられるべき資産(※このような資産のことを法律上は破産財団といいます)」でもあるわけですから、「契約者貸付」を利用してその資産を減少させる行為は、破産法252条1項1号で禁止される「破産財団の価値を不当に減少させる行為」に該当する恐れがあります。

【破産法252条1項】

裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
一 債権者を害する目的で、破産財団に属し、又は属すべき財産の隠匿、損壊、債権者に不利益な処分その他の破産財団の価値を不当に減少させる行為をしたこと。
二(以下省略)

契約者貸付を利用して保険会社に積み立てられた解約返戻金を取り崩す行為が裁判所(裁判官)や破産管財人からこの「破産財団の価値を不当に減少させる行為」と認定されれば当然、その破産手続きは免責が「不許可」となるわけですから、自己破産の手続きによって借金の返済義務が免除されないことになり、受ける不利益は重大です。

もちろん、自己破産の申し立てを行う時期よりも相当期間前に契約者貸付を利用するような場合には、その時点で将来的に自己破産することが想定できるわけではないでしょうから、保険会社の契約者貸し付けを利用すること自体が問題を生じさせるわけではありません。

しかし、返済が困難になり、自己破産しなければ借金問題を解決することができないと自覚したであろう時期以降に保険会社の契約者貸し付けを利用し、金銭の交付を受けてしまった場合には、その後に自己破産の申し立てを行った際に「免責不許可事由」に該当する行為として問題にされる危険性があることは認識しておくべきでしょう。

(2)詐欺破産罪として問題になる場合

また、自己破産の申し立て直前に保険会社の契約者貸し付けを利用して解約返戻金を目減りさせる行為は、破産法265条1項に規定された「詐欺破産罪」に該当する可能性があることも考えておく必要があります。

【破産法265条1項】

破産手続開始の前後を問わず、債権者を害する目的で、次の各号のいずれかに該当する行為をした者は、債務者(中略)について破産手続開始の決定が確定したときは、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。(中略)。
一 債務者の財産(省略)を隠匿し、又は損壊する行為
二 債務者の財産の譲渡又は債務の負担を仮装する行為
三 債務者の財産の現状を改変して、その価格を減損する行為
四 債務者の財産を債権者の不利益に処分し、又は債権者に不利益な債務を債務者が負担する行為

破産法265条1項の罰則規定は、自己破産の申立人が申立時に保有する「債権者への配当に充てられるべき資産」が減少することを防ぐことによって債権者の利益を保護するために規定された条文ですが、そこでは「債務者音財産を損壊する行為」であったり「債務者の財産を不利益に処分する行為」が刑事罰の対象として禁止されています(※一般にこの罪は詐欺破産罪と呼ばれています)。

この点、先ほども述べたように、保険会社の契約者貸し付けを利用することはその保険契約者が保有している解約返戻金という「資産」を取り崩す行為に他なりませんから、そのような資産減少行為を自己破産の申し立て直前に行うことは、この条文に規定された「債務者音財産を損壊する行為」であったり「債務者の財産を不利益に処分する行為」に該当するものとして詐欺破産罪を構成する行為と判断される危険性を生じさせるでしょう。

もちろん、先ほどの免責不許可事由の場合と同じように、自己破産の申し立てを行う時期よりも相当期間前に契約者貸付を利用するような場合には、その時点で将来的に自己破産することが想定できるわけがなく、その時点で「債権者の利益を害する目的をもって資産を目減りさせる」意図はないでしょうから、保険会社の契約者貸し付けを利用すること自体が直ちに詐欺破産罪の問題を生じさせるわけでないかもしれません。

しかし、返済が困難になり、自己破産しなければ借金問題を解決することができないと自覚したであろう時期以降に保険会社の契約者貸し付けを利用し、解約返戻金を取り崩してしまった場合には、その後に自己破産の申し立てを行った際に「詐欺破産罪」に該当する行為として問題にされる危険性があることは認識しておくべきでしょう。

最後に

以上のように、自己破産の申し立て直前(あるいは弁護士や司法書士に相談する直前)に保険会社の契約者貸し付けを利用したような場合には、それが「債権者への配当に充てられるべき資産を目減りさせた」ものととらえられ、後の自己破産の手続きで免責不許可事由や詐欺破産罪という大きな問題を引き起こす危険性が高まります。

ですから、返済が困難になり生活が困難になった場合には、安易に保険会社の契約者貸し付けを利用するのではなく、その時点で速やかに弁護士や司法書士に相談し、迅速に自己破産やその他の債務整理手続きを取ることができるよう適切な行動を取ることが肝要であるといえます。