自己破産の手続き中に実家を出て一人暮らしを始めてもよいか?

実家で親と同居している人が自己破産する場合に意外と気になるのが、自己破産の申し立てをした後、その手続き中に引っ越して一人暮らしを始めることができるか、という点です。

特に、大学生など比較的若年者の場合には就職などのため遠方に転居して一人暮らしを始める必要性が生じることもありますから、そのようなケースで自己破産を検討している場合には、自己破産の手続き中に転居して一人暮らしを始めることができるのか、という点は非常に気になるところでしょう。

では、実際の自己破産の実務では、自己破産の手続き中に引っ越して一人暮らしをすることは可能なのでしょうか?

広告

「裁判所の許可」があれば自己破産の手続き中に実家から引っ越して一人暮らしをすること自体は可能

結論からいうと、自己破産の手続き中に実家から引っ越して一人暮らしを始めることも、基本的には差し支えありません。

なぜなら『自己破産の手続き中に引っ越して転居することはできるか?』のページでも解説しているとおり、自己破産の手続きを規定した破産法という法律では破産手続き中の転居に裁判所の許可を求めてはいるものの、憲法で居住移転の自由が認められている以上、特段の事情がない限り、自己破産の申立人から許可の申請があれば裁判所もその転居の許可を認めるのが通常だからです。

自己破産の申し立てをした後に転居する場合は裁判所の裁判官から「許可」を受けなければならないものの、手続きの進行に差し支えがないのであれば裁判官が「許可」を拒否する理由はないわけですから、手続き中に一人暮らしをすることも基本的には認められると考えて問題ないでしょう。

ただし、ケースによっては裁判官が転居の許可を出さないこともあるので注意

前述したように、自己破産の手続き中であっても裁判官から許可が出されれば手続き中の転居もできますので、基本的には自己破産の手続き中に一人暮らしを始めることも差し支えないものと思われます。

もっとも、だからといってすべてのケースで手続き中の一人暮らしが認められるとも限りません。

手続きの進行具合や、案件の性質などによっては裁判所が転居の許可を認めないケースもあるでしょう。

たとえば、破産手続きが開始されるのと同時に手続きが終了する「同時廃止」の案件で処理される場合には裁判所も転居の許可を出してくれることが多いと思いますが、裁判所から破産管財人が選任される「管財事件」として処理されている案件では、破産管財人の調査や配当手続きなどの必要性から裁判所が許可を出さないことも考えられます。

また、自己破産の申し立てを行った裁判所の管轄内での転居であれば転居の許可を出しても手続きの進行に支障はないでしょうが、管轄の変更が必要となるような遠方の地域に転居する場合には、裁判所が転居の許可を認めない場合もありうるでしょう。

このように、自己破産の案件事態の性質や破産手続きの進行状況によっては裁判所が転居の許可を認めないケースもあると思いますので、すべての場合に一人暮らしが認められるわけでもないということは認識しておいた方がよいかもしれません。

合理性のない一人暮らしは自己破産の手続き上で問題とされるケースもあるので注意

先に述べたように、自己破産の手続き中に転居して一人暮らしを始めることも手続きに支障がない範囲で裁判所の許可さえあれば認められると考えられます。

ただし、だからと言って無暗に一人暮らしを始めてよいというわけではありません。

なぜなら、実家を出て一人暮らしを始めるには転居先の物件の敷金礼金や転居のための引っ越し費用などそれ相応の費用が必要となりますから、その経済的負担の分だけ自分の資産が目減りしたりする点を考えると、必要性のない一人暮らしを始めてしまうこと自体が、「浪費」や資産の「債権者に不利益な処分」として免責不許可事由とされたり、「財産の損壊」として詐欺破産罪の責任が問われる危険性があるからです。

 

【破産法252条】

裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
一 債権者を害する目的で、破産財団に属し、又は属すべき財産の隠匿、損壊、債権者に不利益な処分その他の破産財団の価値を不当に減少させる行為をしたこと。(以下省略)

【破産法265条1項】

破産手続開始の前後を問わず、債権者を害する目的で、次の各号のいずれかに該当する行為をした者は、債務者(中略)について破産手続開始の決定が確定したときは、10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。情を知って、第四号に掲げる行為の相手方となった者も、破産手続開始の決定が確定したときは、同様とする。
一 債務者の財産(中略)を隠匿し、又は損壊する行為
二(以下省略)

もちろん、自己破産の申し立て前からすでに遠方の企業に就職が内定していて、自己破産の手続き中に転居して一人暮らしを始めなければならないような事情がある場合には「転居に裁判所が許可を出すか」という点は別にしても、「転居して一人暮らしを始めること」自体が不正な行為として免責不許可事由や詐欺破産罪の問題を生じさせることはないものと考えられます。

しかし、たとえば「就職のため」とか「進学のため」などと言った「転居して一人暮らしをしなければならない合理的な事情」が一切ないにも関わらず、自己破産の手続き中もしくは申し立ての直前に「ただ何となく一人暮らしがしたいから」といった理由で転居して一人暮らしを始めるような場合には、「なぜ大きな経済的負担を伴うことになる転居をあえて行ったのか」という点について裁判所に疑念を与えてしまうことは避けられないでしょう。

そうなると当然、裁判所としては「なぜ必要性がないのにあえて敷金や引っ越し費用が必要になる経済的負担の大きい一人暮らしを始めることになったのか」という点を厳しく調査するため、仮に「同時廃止」の案件で処理できるケースであった場合であっても「管財事件」として処理することで破産管財人に詳細に調査させようとするでしょう。

また、仮に破産管財人の調査の結果「必要性がない転居で不必要に資産を目減りさせた」と判断されるようであれば、免責不許可事由の問題を生じさせたり、そうでなくても裁判官の判断で「一人暮らしを目的とした転居のために支出した費用」を積み立てさせ、その費用を債権者への配当に充てるという処理をすることもあり得るものと考えられます。

※たとえば、100万円の資産を有している自己破産の申立人が「必要性がないのに一人暮らし」を始めて、その一人暮らしするためにかかった転居費用等の合計額が40万円だったとすると、その自己破産の申立人は債権者への配当に充てられるべき100万円のお金から無駄に40万円を目減りさせたということになりますので、裁判所の判断で申立人に「目減りさせた40万円」を自己破産の手続き中に積み立てさせて資産を100万円に回復させたうえでその100万円を債権者に配当するというような手続きをとる場合があります。

そうなると、「必要のない一人暮らしのための転居をしなかった」ならば「同時廃止」として簡単に処理された案件であったにもかかわらず、あえて「一人暮らしを始めてしまった」ばかりに裁判所から「管財事件」として処理されることになってしまう結果、破産管財人に支払う管財費用(引継予納金)として最低でも20万円を支払わなければならなくなるうえに、その一人暮らしの転居のために支出した金額を積み立てさせられて、その積み立て費用も支払わなければならなくなるわけですから、自己破産の申し立て前に不必要な一人暮らしを始めたばかりに余計なお金を支払わされることになり受ける経済的負担が厳しいものになってしまいます。

このように、「一人暮らしを始める」ための合理的な理由がないにもかかわらず、あえて「一人暮らしを始めた」ような場合には、それ自体が不正な行為として問題にされたり、管財事件として処理されることで破産管財人の費用(引継予納金)や積み立て費用の支弁を余儀なくされ、かえって経済的負担が増大してしまうことにもなりかねませんので、自己破産の手続き中や申し立て直前に一人暮らしを始めるような場合には、慎重に行動する必要があるといえるでしょう。

最後に

以上のように、自己破産の手続き中(又は申し立ての直前)に実家から転居して一人暮らしを始めることも基本的には差し支えないとも言えますが、その一人暮らしをするに至った事情や目的などによっては、その一人暮らしを始めたということ自体が問題にされるケースもあると考えられますので十分な注意が必要です。

ですから、仮にどうしても自己破産の手続き中や申し立て直前に「転居して一人暮らしを始めること」が必要だという場合には、なるべく早めに弁護士や司法書士に相談し、「転居して一人暮らしを始め」ても自己破産の手続きに支障はないか、自己破産の手続きで問題とされることはないか、といった点について十分に検討してもらうことが必要といえるでしょう。