自己破産の申し立てをする場合に意外と気になるのが、転職や就職をする際の面接で、過去の自己破産した事実を申告する必要があるか、といった点です。
自己破産したということは「借金の返済ができなくなった」ということであり「自分の返済能力を超えて借金をした」ということが推測できますから、あくまでも一般論で考えると過去に自己破産した人は「金銭管理能力に何らかの問題がある人」という評価がどうしても付きまとうことは避けられません。
そうすると、従業員を雇う企業の側としてはできるだけ採用したくないと考えるのが通常でしょうから、採用面接の際に「過去に自己破産したことがあるか?」と質問されてしまうとどのように答えればよいかとまどってしまうことになるでしょう。
では、このように転職や就職をする場合に行われる採用面接や履歴書の提出の際において、過去の自己破産の有無を聞かれた場合には、正直に過去の自己破産の事実を申告しなければならないのでしょうか?
過去に自己破産しているのに「自己破産したことはありません」と嘘の申告をしてしまった場合、入社後に「経歴詐称」として何らかのペナルティーを受けることがあるのでしょうか?
企業が面接で「過去の自己破産の有無」を聞くことは認められるのか?
就職や転職の面接(又は履歴書の記載)などで過去の自己破産の事実を正直に申告しなければならないか、といった問題を考える前提として、そもそも企業が面接の際に応募者に対して「過去の自己破産の有無」を聞くこと自体が許されるのかという点を考えなければなりません。
なぜなら、企業の採用面接ではその採用しようとする人物に関する「適性と能力に関係がない事項」についてエントリーシート(履歴書や応募用紙など)に記載することを義務付けたり、面接で尋ねたりすることは就職差別につながる恐れがあり一定の配慮をするべきといえますから、仮に「過去に自己破産したこと」が「適性と能力に関係がない事項」に関係がないならば、企業側が「過去の自己破産の有無」を聞くこと自体に問題があることになるからです。
この点、企業が面接やエントリーシート等で就職希望者に対し「過去の自己破産の有無」を聞くことが「適性と能力に関係がない事項」にあたるか否かは、その採用しようとする企業の業務内容や実際に従事することになる職務内容によっても異なると思われますのでケースバイケースで考えるしかありません。
しかし、厚生労働省のガイドライン(▶ 公正な採用選考の基本|厚生労働省)では、本籍や家族構成などの「本人に責任のない事項」であったり、宗教や思想など「本来自由であるべき事項(思想信条にかかわること)」などについては配慮することが求められていますが、「過去の自己破産の有無」については「本人に責任のある事項」とも言えますし「思想信条に関する事項とは関係ない事項」ということができますから、「過去の自己破産の有無」を聞くこと自体は、それがその採用しようとする人物の「適性と能力に関係がある」と判断される限り質問すること自体は許容されるものとも考えられます。
また、過去の判例では「使用者が(中略)その労働力評価に直接かかわる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負う」と判旨されていますので(炭研精工事件:最高裁平成3年9月19日)、採用しようとする人物の「過去の自己破産の有無」に関する事実が「職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項」であると判断できるのであれば「必要かつ合理的な範囲内」で「過去の自己破産の有無」も認められると考えられますから、面接などで「過去の自己破産の有無」を聞くこと自体が違法性を帯びるわけではないといえます。
したがって、企業が面接の際に応募者に対して「過去の自己破産の有無」を聞くこと自体については、それだけで否定されるものではないと考えることができます。
面接等で「過去の自己破産の有無」を聞かれた場合、正直に申告しなければならないか?
以上で説明したように、企業が面接などで「過去の自己破産の有無」を聞くこと自体は、「職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項」であると判断できる限り「必要かつ合理的な範囲内」で就職希望者は正直に答える義務があるといえますので、「過去の自己破産の事実」が「職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項」であり、かつ「必要かつ合理的な範囲内」といえるのであれば、「過去に自己破産しています」と正直に答えなければならないといえるでしょう。
この点、まず「過去の自己破産の事実」が「職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項」といえるかが問題となりますが、たとえば「銀行」や「生命保険会社」など他人の資産形成に影響を及ぼす可能性のある職種では「金銭管理能力に問題がある(と一般的に評価される)」とされる人物は「職場への適応性」という点で「過去に自己破産した」という事実を評価対象とすることも「必要かつ合理的な範囲内」といえるかもしれませんが、たとえば「工場の作業員」や「飲食店の調理」などのいわゆるブルーカラーの職種の場合には仮に「金銭管理能力に問題がある(と一般的に評価される)」とされる「過去に自己破産した」人物を採用したとしても「職場の適応性」という点で問題は生じないでしょうから、「過去の自己破産の有無」を聞くこと自体に「必要かつ合理的」な理由は存在しないといえないでしょう。
このように考えると、「過去の自己破産の事実」が「職場への適応性」という点で関係のない職種の面接で面接官から「過去の自己破産の有無」を聞かれた場合には、その質問自体が「必要かつ合理的な範囲内」の質問とは言えませんので、前述した判例の趣旨に照らして考えると、正直に「自己破産している」という事実を申告する義務はないと考えられます。
また、「過去に自己破産した」というような「金銭管理能力に問題がある(と一般的に評価される)」人物を「銀行」や「生命保険会社」など他人の資産形成に影響を与える企業が採用し顧客への接客にあたらせた場合には、「企業の信用の保持等企業秩序の維持」を損なうという考えも成り立ち得ますから、そのような企業においては「過去の自己破産の有無」を面接で尋ねること自体は「必要かつ合理的な範囲内」といえるかもしれません。
一方、「工場の作業員」であったり「飲食店の調理」などのようないわゆる現業といわれる業務においては、仮に「過去に自己破産した」ような「金銭管理能力に問題がある(と一般的に評価される)」人物を雇い入れたとしても、その工場の製品の質が悪くなるわけでもありませんし、調理した料理の味が不味くなるわけでもないでしょうから、「企業の信用の保持等企業秩序の維持」を損なうとまではいえないはずですので、そのような企業で「過去の自己破産の有無」を面接で尋ねることに「必要かつ合理的な範囲内」といえる理由は存在しないでしょう。
このように、前述した過去の判例(炭研精工事件:最高裁平成3年9月19日)や厚生労働省のガイドラインに照らして考えた場合には、その面接の企業の形態や実際に従事する職務の内容によっては、「過去の自己破産の有無」を聞かれて場合に正直に申告しなければならないこともあると考えられますが、その職種や業務内容に「自己破産の事実」が全く関係ないような職種における面接で聞かれた場合には、「過去の自己破産の事実」を隠して「自己破産なんてしていません」と嘘の申告をしたとしても、それをもって「経歴詐称」にはあたらないという解釈も成り立つことになります。
最後に
以上の解釈はあくまでもこのサイトの管理人が最高裁の判例を元に解釈した個人的な見解ですので、上記の解説に同意しない弁護士や司法書士もいるかもしれません。
ですから、もしも就職や転職する場合に「過去の自己破産の事実を聞かれたらどうしよう」と悩んでいる場合には、早めに弁護士や司法書士に相談し、「過去の自己破産の有無」を聞かれた場合にはどのような対処が適当なのかといった点を確認することも必要になるのではないかと思います。