自営業者(個人事業主)が自己破産する場合に気になるのが、自己破産したことが取引先などに知られてしまわないか、といった点です。
自営業者(個人事業主)にとっては経済的信用が事業継続の上で最も重要な要素となりますから、いったん自己破産したことが知られてしまうと、その後の取引ができなくなり廃業も考えなければならないからです。
この点、自己破産の申立を行うと、氏名と住所、自己破産をした事実が官報に掲載されることになりますが、官報を毎号チェックしている人はまずいませんので官報に掲載されたことを原因として自己破産の事実が取引先に知られてしまうことはないと思われます。
もっとも、官報への掲載によって知られることがなかったとしても、たとえば自己破産する自営業者(個人事業主)に未回収の売掛金がある場合には、取引先に自己破産の事実が知られてしまう場合があります。
なぜなら、未回収の売掛金が残っている状態で自己破産の手続きを開始した場合には、自己破産の手続き上でその売掛金の取り立てが行われる可能性があるからです。
未回収の売掛金は破産管財人が回収することになるため自己破産していることが知られてしまう
自営業者(個人事業主)が未回収の売掛金がある状態で自己破産した場合、その未回収の売掛金は、自己破産の手続き上で「資産」として計上されます。
自己破産の申立人に資産があることが判明した場合には、自己破産の申立を受理した裁判所が破産管財人を選任してその資産を回収させ、回収した資産を債権者に分配(配当)するのが原則的な取り扱いとなりますから、未回収の売掛金も当然、破産管財人の回収対象となります。
この場合、破産管財人は「本人の破産管財人」として本人に代わって売掛金の債務者(売掛金の相手方)に支払いを求めることになりますし、支払いがなされない場合には訴訟を提起して回収することになりますから、売掛金の相手方には自分が自己破産の手続きをしていることが知られてしまうことになります。
このように、売掛金を未回収のまま自己破産の申立をした場合には、破産管財人がその売掛金を回収することによって売掛金の相手先(取引先)に自己破産をしていることが知られてしまうことになるので注意が必要です。
未回収の売掛金が20万円を超えない場合は回収されないため知られることもない
もっとも、回収の目的となる資産が20万円を超えない場合は、裁判所としても費用倒れになるため資産の回収を行いませんので、未回収の売掛金が20万円を超えない場合は取引先に知られてしまうこともありません。
裁判所が破産管財人を選任して自己破産者の資産を回収し債権者に分配(配当)を行うためには、自己破産の申立人がその破産管財人の報酬(管財費用)を支払わなければなりませんが、多くの裁判所がその管財人報酬を20万円を最低額として設定しているところ、その管財費用の20万円に満たない資産しか自己破産の申立人が所有していない場合には、20万円に満たない資産を債権者に分配(配当)するために申立人に20万円の支払いを求めることになり、いわゆる「費用倒れ」となってしまいます(※この点の詳細はこちらを参照→なぜ「20万円」が基準になるのか?)。
そのため、裁判所では、20万円に満たない売掛金については「資産」とはせずに自己破産の申立人にそのまま保有させることを認めているのです。
このように、未回収の売掛金が20万円を超えない場合は、破産管財人が選任されることもなく、破産管財人によって未回収の売掛金が回収されるようなこともありませんから、そのことによって自己破産していることが売掛金の相手方に知られてしまう可能性はないといえます。
自己破産の申立前に回収してもよいが消費してしまわないよう注意が必要
以上のように、未回収の売掛金が20万円を超えない場合は破産管財人が代わって回収することはありませんが、20万円を超える売掛金がある場合には、原則どおり裁判所が破産管財人を選任し、破産管財人が本人に代わって「本人の破産管財人」として売掛金の回収を行いますので、売掛金の相手方に自分が自己破産をしていることが知られてしまうことになります。
この場合、売掛金の取引先に自己破産していることが知られたくない場合には、自己破産の申し立てをする前に売掛金を回収してしまうしかありませんが、仮に申立直前に売掛金を回収してしまった場合には、その回収した売掛金を費消してしまわないように注意が必要です。
なぜなら、自己破産の申立直前に売掛金を回収し費消してしまうと、本来は債権者に分配(配当)すべきであった資産を申立直前に不当に処分し債権者に損害を与えたものとして、免責不許可事由に該当し、自己破産の免責(※借金の返済を免除してもらうこと)が受けられなくなってしまう可能性があるからです。
自己破産の手続きを規定した破産法という法律では、自己破産の申立人が債権者に分配(配当)するべき財産(法律用語で「破産財団」といいます)を「隠匿」したり「損壊」したり「処分」したり「価値を減少」させた場合には、自己破産の免責を認めないと規定されています(破産法第252条第1項1号)。
【破産法第252条第1項】
裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
第1号 債権者を害する目的で、破産財団に属し、又は属すべき財産の隠匿、損壊、債権者に不利益な処分その他の破産財団の価値を不当に減少させる行為をしたこと。
(以下、省略)
この点、前述したように、未回収の売掛金についてもその金額が20万円を超える場合には債権者に分配(配当)すべき資産ととらえられますから、これを申立直前に回収して費消してしまうことは、「破産財団に属すべき財産」を「損壊」ないし「不利益に処分」したものと同等と判断されます。
このように未回収の売掛金を申立直前に回収し消費してしまうと破産法第252条第1項の免責不許可事由に該当するものとして免責が認められなくなる可能性があるといえますから、十分に注意することが必要なのです。
未回収の売掛金を自己破産の申立前に回収する場合は、事前に弁護士や司法書士の了解を得ること
以上のように、未回収の売掛金を自己破産の申立前に回収し消費してしまうと免責不許可事由に該当して免責が受けられなくなってしまう恐れがあります。
そのため、もしも未回収の売掛金があることで売掛金の相手方に知られてしまいたくない場合には、その旨を自己破産を依頼する弁護士や司法書士に申告して弁護士や司法書士の了解を得たうえで回収するようにし、回収した売掛金は弁護士や司法書士に預けるか、弁護士や司法書士の了解のもとに預金口座で適切に管理するようにした方が無難です。
このようにしておかないと、あとで自己破産の申し立てをした際に、裁判官や破産管財人から無駄な疑いを掛けられて手続きが長期化したり、悪くすれば免責が受けられなくなってしまうこともありますので十分注意が必要です。