給料の差し押さえがあまりお勧めできない理由

友人にお金を貸したものの返してくれない場合、皆さんはどのように対処するでしょうか?

口頭で「返して」と頼むだけで解決すればよいですが、それでも返してくれない場合は裁判手続きを利用して回収を図ることも考えなければならないかもしれません。

もちろん、数万円程度の貸金であれば裁判をするだけで「費用倒れ」となってしまうので無駄ですが、数十万数百万単位の貸付であれば弁護士や司法書士に依頼して裁判をすることも考えなければならないでしょう。

ところで、そのように仮にお金を返してくれない友人に対して裁判をして判決を取ったとしても、その判決に基づいてその友人の給料を差し押さえてしまうのは、よほどの場合でない限り控えた方がよいかもしれません。

なぜなら、給料を差し押さえてしまうと、その後すぐに自己破産を申し立てられて1円も回収できなくなってしまう可能性があるからです。

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給料を差し押さえると会社を辞めざるを得ない状況に置かれてしまう

お金を返してくれない友人の給料を差し押さえる場合には、友人が勤めている「会社」に対して強制執行を掛ける必要が生じます。

この点、その場合には裁判所からその友人が勤務している会社に対して「おたくに勤めている○○さんが借りたお金を返さないで裁判で判決を取られたので○○さんの給料を差し押さえしますよ」「だから裁判所がOKを出すまで○○さんに振り込んだりしないでくださいね」というような通知がなされることになりますから、その友人は勤務している会社に「自分がお金を借りたのに反していないこと」や「裁判所に訴えられて判決まで取られていること」などが知られてしまうことになります。

そうなると当然、その友人は会社での個人としての信用がなくなるのが通常ですから、常識的に考えると、会社での評価が下がってしまい、昇給や昇進に響いたり、上司や同僚、部下などとの会社での人間関係にも何らかの支障が生じてしまうことは避けられないでしょう。

もちろん、会社が従業員を解雇するためには法律上「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要とされていますので(労働契約法第16条)、「給料を差し押さえられた」という理由だけで会社が従業員を解雇することはこの「客観的合理的な理由」や「社会通念上の相当性」を満たさないものとして無効になることが想定されますから、会社がその友人を解雇することはないかもしれません。

【労働契約法第16条】
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

しかし、そのような会社での信用が失墜した状態で働き続けることは事実上難しいことが多いでしょうから、おそらくその友人は会社を辞めてしまう(辞めざるを得なくなる)ことになるでしょう(実際、給料の差し押さえをされた人の多くは会社に居づらくなって退職してしまうケースが多いです)。

会社を退職されてしまうと、それ以後の差し押さえが困難になる

もちろん、お金を貸してもらえずに給料を差し押さえした方としては「お前がお金を返さないから悪いんじゃないか、自業自得だ」とか「いい気味だ」と思うかもしれませんが、事はそれほど簡単ではありません。

なぜなら、その給料の差し押さえを受けた友人がいったん会社を退職してしまうと、その後の差し押さえが事実上困難になるからです。

いったん会社を辞めてしまったら、次の就職先が決まるまで収入はなくなるので差し押さえしようにも差し押さえ可能な財産がありませんし、仮に次の就職先の給料を差し押さえようと思っても、その会社がどこの何という会社なのか調べなおす必要が生じますから、それだけで大きな手間が必要です。

また、給料が振り込まれた預金口座を差し押さえようと思う場合でも、その口座がどこの銀行なのか調べなおさないといけませんから、そのような手間暇だけを考えても、相手を退職にまで追い込む給料の差し押さえが本当に良かったのか、疑問が生じます。

給料の4分の3は差し押さえが禁止されているので一回の給料差し押さえで回収できることはまずない

相手が退職して再度の差し押さえが面倒になるのであれば、最初の給料の差し押さえのときにある程度の金額を差し押さえて回収すればよいではないか、と思うかもしれませんが実際の差し押さえではそうはいきません。

なぜなら、裁判所の差し押さえ手続きでは、債務者の生活を保護するため「給料」についてはその受け取る金額の「4分の3」に相当する金額は「差し押さえてはならない」ものと定められていますので(※ただし4分の3に相当する金額が33万円の場合は33万円までの金額)、給料の差し押さえで回収できるお金は給料の4分の1程度の金額にしかならないからです。

【民事執行法第152条1項】
次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の4分の3に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。
一 債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権
二 給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権

この点、友人から借りたお金も返せない人がそうそう高給取りなわけではないでしょうから、その友人の手取り賃金はおそらく20~30万円程度ではないでしょうか。

そうすると、給料の差し押さえで回収できるのも、たかだかその4分の1の5~8万円程度にしかならないものと思われますので、一回の給料の差し押さえだけで満足のできる金額を回収できるケースはほぼないのではないかと思います。

(※しかも弁護士や司法書士に依頼する場合はそこから弁護士・司法書士報酬を差し引かれることになります)

給料の差し押さえといっても、そこで回収できる金額はごくわずかですし、いったん給料を差し押さえてしまえば先ほども述べたようにその相手は会社を辞めてしまい次の月の給料の差し押さえはできないのが通常なのですから、給料の差し押さえにあまり過度の期待をしても「捕らぬ狸の皮算用」で終わることが多いのが実情なのです。

給料の差し押さえは自己破産を早めるだけ

ちなみに、給料を差し押さえれば先ほども述べたようにその相手は会社を辞めてしまうことが多いので、収入がなくなって困窮することになり、最終的には自己破産しようとするのが通常です。

相手が自己破産してしまえば、裁判所から免責(借金の返済義務が免除されること)が出されることによってその相手に対する債権の回収は不可能になってしまいますので、それ以降は未来永劫1円も回収できないことが確定してしまうでしょう。

ですから、給料を差し押さえる場合は「その差し押さえ後は自己破産して1円も回収できなくなる」ということを十分に認識したうえで行わなければならないことになります。

これを認識せずに給料を差し押さえてしまうと、相手が自己破産してしまった際に「給料を差し押さえしたりせずにもっとほかの方法を取ればよかった」と後悔してしまうことになります。

ある程度お金が貯まったところで預金等を差し押さえるのが一番効果的

では、お金を返してくれない友人に対して裁判で判決をとってもその友人が返してくれない場合にはどうすればよいのかというと、あくまでも私の個人的な私見ですが、給料の差し押さえは最終的な手段として残しておき、その友人がある程度お金を貯めるまで我慢しておいて、ある程度貯金ができた時点でその友人の預金等を差し押さえるのが一番効果的のではないかと思います。

もちろんその時期を見分けるのは困難ですが、先ほども述べたように給料を差し押さえてもその差し押さえで回収できる金額は5~8万円程度にしかなりませんし、その後に転職してしまえば転職先を探したり居場所を特定する手間暇が余計にかかってしまい無駄な経費も必要になるでしょう。

また、もし自己破産されてしまえば元も子もないわけですから、給料の差し押さえは「どうしても我慢できないぐらい」になる最後の最後までとっておき、ひたすら相手に経済的な余裕ができるまで待つのが一番効率的といえるのではないでしょうか?

最後に

以上、給料の差し押さえをする場合の注意点について簡単に解説しましたが、もちろん給料の差し押さえをするかしないかは個人の自由ですので、ご自身の判断でやりたいようにやってもらえばかまわないでしょう(弁護士や司法書士に依頼するのであればそれなりの助言もしてくれるでしょう)。

しかし、給料の差し押さえをした場合は上記のような問題も十分に生じうるのが実情ですので、その点を熟慮したうえで判断した方がよいのではないかな、と思います。