個人事業主(自営業者)が自己破産の申立を行う場合、銀行や貸金業者、クレジット会社だけでなく、取引先から購入した物品代金の請求を受けているケースが多く見られます。
このように取引先から物品代金の請求を受けている場合は、つまり「買掛金」がある場合には、その買掛金も自己破産の手続きにおける「負債」に含まれることになりますので、自己破産の申立書の債権者一覧表に「負債」として計上しなければなりません。
自己破産の申立書の債権者一覧表に負債として記載した債権者については、裁判所から「お宅に負債を抱えている〇〇さんが自己破産の手続きを開始しましたよ」という通知がなされることになります。
そうすると、当然、買掛金の相手先となる取引先にも自分が自己破産をしていることが知られてしまうことになりますし、自己破産をするということはその負担している買掛金を踏み倒すことになるわけですから、その買掛金の相手先となる取引先に多大な経済的損失を与えることは避けられなくなってしまうでしょう。
では、このように自己破産をする個人事業主(自営業者)が買掛金を負担している場合に、買掛金の相手先となる取引先を自己破産の手続きから除外することはできないのでしょうか?
個人事業主(自営業者)にとって買掛金の相手先は重要な取引先となる場合も多く、自己破産の手続きから除外しなければ事業継続に支障をきたす場合もあると考えられるため問題となります。
買掛金の相手方を自己破産の手続きから除外することはできないのが原則
前述したように、自己破産の申立を行う場合に買掛金の未払い分がある場合には、その買掛金も自己破産の手続き上「負債」と判断され、買掛金の相手方を「債権者」として裁判所に届け出る必要があります。
そして、裁判所に「債権者」として届け出たものについては裁判所から自己破産の開始決定通知が送付されることになりますから、買掛金の相手方に自己破産をしている事実は知られてしまうことになります。
この点、自己破産の手続きにおいて、買掛金の相手方を手続きから除外すること、いいかえれば買掛金の相手方を自己破産の手続きにおける「債権者」から除外することができないかが問題となりますが、それはできません。
なぜなら、自己破産の債権者として裁判所に申告しなければならない債権者があるにもかかわらず、その債権者を申立書の債権者一覧表から除外して申立を行った場合、虚偽の債権者名簿を提出したものとして、免責不許可事由に該当し、自己破産の免責(借金の返済を免除してもらうこと)が受けられなくなってしまうからです(破産法第252条第1項7号)。
【破産法第252条】
第1項 裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
第1号~6号(省略)
第7号 虚偽の債権者名簿(中略)を提出したこと
(以下、省略)
自己破産の申立前に買掛金を弁済してしまうことはできるか?
前述したように、自己破産の手続きではすべての債権者を債権者一覧表に記載しなければなりませんから、買掛金の相手方を自己破産の手続きから除外することは認められません。
では、自己破産の申立前に、買掛金の相手方にだけ買掛金の代金を弁済し完済させてしまうことは認められるでしょうか?
自己破産の申立前に買掛金を弁済してしまえば、買掛金の相手方に対する負債は消滅することになりますから、自己破産の申立書の債権者一覧表から買掛金の相手方を除外しても虚偽の破産者名簿を作成したことにはならなくなると考えられるため問題となります。
(1)申立前に買掛金だけを弁済することは偏波弁済となる
しかし、このように自己破産の申立前に買掛金の相手方にだけ弁済してしまうことも基本的に認められません。
なぜなら、自己破産の手続きにおいては全ての債権者を平等に扱う必要があり、一部の債権者に対する負債だけを申立前に弁済してしまうことは、偏波弁済として免責不許可事由に該当し、この場合も自己破産の免責が受けられなくなってしまうからです(破産法第252条第1項3号)。
【破産法第252条】
第1項 裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
第1号~2号(省略)
第3号 特定の債権者に対する債務について、当該債権者に特別の利益を与える目的又は他の債権者を害する目的で、担保の供与又は債務の消滅に関する行為であって、債務者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものをしたこと。
(以下、省略)
(2)裁量免責を受けることを前提にあえて偏波弁済する場合
(1)で説明したように、自己破産の申立前に買掛金だけを弁済することは、免責不許可事由として挙げられる偏波弁済に該当しますから、免責が受けられなくなってしまうことを考えると避ける必要があります。
もっとも、このような偏波弁済にあたることを認識したうえで、あえて買掛金だけを弁済してしまうという方法もないわけではありません。
なぜなら、自己破産の手続きでは、仮に免責不許可事由に該当し免責が相当でないと認められる場合であっても、裁判官の判断(裁量)によって特別に免責を与えることができる「裁量免責」の制度が設けられているからです(破産法第252条第2項)。
【破産法第252条第2項】
前項の規定にかかわらず、同項各号に掲げる事由のいずれかに該当する場合であっても、裁判所は、破産手続開始の決定に至った経緯その他一切の事情を考慮して免責を許可することが相当であると認めるときは、免責許可の決定をすることができる。
前述したように、自己破産の申立前に買掛金だけを弁済する行為は偏波弁済として免責不許可事由に該当し免責が受けられなくなるのが原則的な取り扱いですが、それでもなお裁判官が「免責させた方が良い」と判断した場合は、裁判官の「裁量」で特別に免責を与えることができるのです。
この点、具体的にどのような場合に裁判官が「裁量免責」を与えてくれるかはケースによって異なりますので一概には言えません。
しかし、個人事業主(自営業者)の負担している買掛金の取引先が重要な取引先であり、その取引先を自己破産の債権者としてしまうと事業の継続に多大な支障が生じる場合には、そのことを裁判官に説明することによって、裁判官から裁量免責を受けることができるかもしれません。
また、買掛金の弁済が偏波弁済にあたるとしても、その買掛金が他の債権者に対する負債と比較して極端に金額が少ない場合(例えば他の債権者に対する負債が数十万円程度あるにもかかわらず、買掛金債務が数千円や数万円程度しかない場合など)には、他の債権者に与える影響(損失)は限られるわけですから、その点を裁判官に説明することで裁量免責を受けることも可能かもしれないでしょう。
このように、ケースによっては偏波弁済にあたることを認識したうえで、あえて自己破産の申立前に買掛金の弁済を行い、自己破産の手続き上で裁判官に裁量免責を求めるという手段も取れないわけではありませんので、どうしても債権者に含めたくない買掛金の取引先がある場合には検討してみるのも良いのではないかと思います。
自己破産の申立前に買掛金を弁済する場合は弁護士や司法書士の助言を受けること
以上のように、個人事業主(自営業者)が自己破産する場合において買掛金がある場合には、自己破産の申立書にその買掛金の相手方を債権者として記載しなければなりませんが、自己破産の申立前にあえて偏波弁済を承知で買掛金を弁済し、裁判官の裁量免責を受ける方向で手続きを進めていくという方法を採ることによって、買掛金の相手方を自己破産の手続きから除外することが可能です。
もっとも、このように自己破産の申立前に買掛金の相手方に弁済することは偏波弁済として禁止されているわけですから、ケースによっては裁量免責が受けられない場合もありますので珍重に行う必要があります。
ですから、買掛金の相手方をどうしても自己破産の手続きから除外したい場合には、早めに弁護士や司法書士に相談し、自己破産の申立前に買掛金を解消することができないかよく検討してもらうことが必要です。
弁護士や司法書士の助言なしに「どうせ裁量免責が受けられるだろう」と安易に考えて偏波弁済で処理してしまうことは、後で免責が受けられなくなったり、裁判所や破産管財人から厳しい聴取がなされる危険性もありますので十分に注意が必要です。