自己破産の申し立てを行った場合、申立人である債務者に資産(財産)がある場合には、自由財産として保有が認められるものを除いてすべて裁判所に取り上げられて換価され、その換価代金が債権者への配当に充てられる配当手続きが実施されるのが原則的な取り扱いとなります。
そのため、自己破産する場合には「自分の資産(財産)が取り上げられてしまうのか否か」という点が非常に気になってくるのですが、この心配が特に強くなるのが身体障害者の人が申立を行う場合です。
身体に障害のある人の多くは義足や義手、車椅子など身体機能を補助する器具を使用していることが推測できますが、それらの義手や義足、車椅子などの器具は高額な商品であることも多いため、それらが手続き上「資産(財産)」と判断されて取り上げられてしまうのではないか、という不安がどうしても生じてしまいます。
では、実際の自己破産の手続きでは、身体障害者が使用する義手や義足、車椅子などの補助具等は具体的にどのような扱いを受けるのでしょうか?
義手や義足、車椅子等の補助具は自己破産の手続きで「資産(財産)」としての取り扱いを受けないのが原則
結論からいうと、身体障碍者の人が自己破産する場合であっても、その人が使用する義手や義足、車椅子といった身体機能を補助する器具等が裁判所に取り上げられてしまうことはありません。
なぜなら、自己破産の手順を規定した破産法では、自己破産の手続きで債権者への配当に充てられる債務者の資産(財産)を「破産財団」として規定していますが、その破産財団からは「差し押さえることができない財産」が除外されるものと定められていて、その「差し押さえることができない財産」には「債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物」が含まれることになっているからです。
第1項の規定にかかわらず、次に掲げる財産は、破産財団に属しない。
1号(省略)
2号 差し押さえることができない財産(省略)
(以下、省略)
次に掲げる動産は、差し押さえてはならない。
第1~12号(省略)
第13号 債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物
第14号(以下省略)
「債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物」が破産法で「破産財団」に含まれないとされている以上、自己破産の手続きでは身体障害者が使用する義手や義足、車椅子などの身体補助具は債権者への配当に充てられる「資産(財産)」として扱われないことになりますから、身体障碍者の人が自己破産を申し立てたとしても、その使用している義手や義足、車椅子等の器具は裁判所に取り上げられてしまうことはないといえるのです。
競技用の車いすや義足等の場合は?
このように、自己破産の手続きでは「債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物」が債権者への配当原資となる破産財団には含まれないことになっていますので、身体障碍者の人が自己破産する場合であっても義手や義足、車椅子などの身体補助具が取り上げられることはないといえるのですが、では、競技用の車いすや義足など特殊な製品の場合はどのように扱われるのでしょうか?
民事執行法で「債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物」が差し押さえ禁止財産として規定されているのは、それが差し押さえの対象とされた場合に債務者の日常生活が脅かされることになり憲法で保障される「健康で文化的な最低限度の生活」が担保されないためと考えられますが、「競技用」としてのみ使用される義手や義足等の場合は、それがなかったとしても日常生活に支障はないと考えられるため破産法における破産財団に組み込んでも差し支えないのではないかと思われるため問題となります。
この点については明確に論じられている文献が手元にないためあくまでも私見になりますが、私の考えでは以下のように「プロ(職業)」として使用しているケースと、「アマチュア(趣味)」で使用している場合とで異なる場合があるのではないかと思われます。
(1)プロとして競技用の義手や義足を使用している場合
自己破産する障害者の人がプロの競技者で、その競技用で使用する義手や義足、車椅子等の補助具が「仕事」や「労働」のためとして使用されているような場合には、それらの器具は「業務に欠くことができない器具」と判断されることになろうかと思われます。
そうすると、そのようなプロの競技者が使用する義手や義足、車椅子等の類の器具は民事執行法第131条6号で差し押さえが禁止されている「労務者…の業務に欠くことができない器具」と判断されますから、先ほども述べたように、破産法の破産財団には組み込まれないことになるでしょう。
次に掲げる動産は、差し押さえてはならない。
第1号~5号(省略)
第6号 技術者、職人、労務者その他の主として自己の知的又は肉体的な労働により職業又は営業に従事する者(前二号に規定する者を除く。)のその業務に欠くことができない器具その他の物(商品を除く。)
第7号(以下省略)
ですから、プロとして競技に参加している障害者が自己破産する場合には、その使用している義手や義足、車椅子等の器具は自己破産の手続き上においても裁判所に取り上げられてしまうことはないのではないかと考えられます。
ただし、そのような器具を複数所有していたり、プロとしての競技参加に支障を与えるようなものでない器具類がある場合には、裁判官や破産管財人の判断によっては破産財団に組み込まれ、債権者への配当に充てられるケースもないとは言い切れないのでその点は注意が必要でしょう。
(2)アマチュア(趣味)として競技用の義手や義足を使用している場合
アマチュアの競技選手であったり、趣味で競技を楽しむ障害者が競技用の義手や義足、車椅子等を所有している場合には、その競技に参加することは「仕事」や「業務」とはいえず、単なる「娯楽」や「健康を目的としたアクティビティ」などと理解されますので、その器具類は「業務に欠くことができない器具」とは判断されないでしょう。
そうすると、先ほどの(1)のケースのように民事執行法第131条6号の規定は使えないものと解されますので、日常生活に支障はないと考えられる競技用の器具類を、破産財団に組み込んで債権者への配当原資にするのか、それともあくまでも障害者の自由財産として保有を認めるのかという点での裁判官の判断次第になるものと解されます。
この点、あくまでも私見ですが、その競技用の器具類以外に日常生活用の器具類を所有している場合であれば、その競技用の器具類が取り上げられても生活には支障は生じないと考えられますので、その競技用の器具類に20万円以上の資産価値があると判断されるケースでは裁判所に取り上げられることもあるのではないかと思います。
(※なぜ20万円が基準になるかは→自己破産ではどんな場合に管財事件になるの?)。
(3)ただし、競技用の義手や義足等は買い手や値段が付かないと考えられるため事実上は取り上げられないものと解される
もっとも、仮にこのようにアマチュア(趣味)で競技を行う障害者が使用する義手や義足、車椅子等が自己破産の手続きで「資産(財産)」として取り上げられる場合があったとしても、競技用の義手や義足、車椅子等の場合は特注品であったり、その利用者の体に合わせて特別に作られたものが多く、中古品市場で売却しようとしても売却できなかったり値段が付かないケースがほとんどだと思いますので、実際の手続きでは取り上げられてしまう事案はかなり少ないないのではないかと思われます。
ただし、競技用の車椅子など需要が比較的見込まれる器具類については20万円以上の資産価値があると判断されて債権者への配当に充てられるケースもあるかもしれませんので注意が必要です。
必要に応じて「自由財産の拡張」の申し立てが必要
なお、以上のように、身体障害者が使用する義手や義足、車椅子等であっても競技用に使用する器具類によっては自己破産の手続き上で「資産(財産)」と判断されて裁判所に取り上げられることもありうると考えられますが、自己破産の手続きではそのようにして債権者への配当に充てられるべき資産であっても裁判官の判断によって特別に自由財産としての保有を認める「自由財産の拡張」の制度が設けられています(破産法第34条4項)。
裁判所は、破産手続開始の決定があった時から当該決定が確定した日以後一月を経過する日までの間、破産者の申立てにより又は職権で、決定で、破産者の生活の状況、破産手続開始の時において破産者が有していた前項各号に掲げる財産の種類及び額、破産者が収入を得る見込みその他の事情を考慮して、破産財団に属しない財産の範囲を拡張することができる。
ですから、どうしても取り上げられたくない競技用の義手や義足、車椅子等がある場合には、自己破産を依頼する弁護士や司法書士にその必要性を十分に説明して理解してもらい、自由財産の拡張の手続きを行ってもらう必要があるでしょう。
ローンで購入した場合
以上の場合とは異なり、その使用している義手や義足、車椅子等の身体補助具がローンで購入したものであって、そのローンが完済される前に自己破産する場合には、上記とは全く別の取り扱いを受けることになるので注意が必要です。
なぜなら、ローンで購入した商品は、そのローンが完済されるまでの間、その所有権がローン会社や販売店に留保されるのが通常で、ローン完済前に支払いが停止された場合には、ローン会社や販売店がその所有権に基づいて、自己破産の手続きとは別に独自の判断で引き揚げて売却し、その売却代金をローンの残金に充当してしまうことになるからです。
(※この場合、ローン会社や販売店はあくまでも「所有権」に基づいて引き揚げるだけであって裁判所の差し押さえ手続きで取り上げるわけではありませんので先ほど述べた「差し押さえ禁止財産」の規定は問題になりません)
ですから、もし仮にローンで購入した義手や義足、車椅子をそのローンを完済する前に自己破産の手続きに入ろうとした場合には、自己破産の申し立て前にローン会社や販売店がその義手や義足等を取り上げて中古品市場で売却してしまうことも事案によってはありえるものとかんがえられます。
もっとも、先ほども述べたように、義手や義足など身体に直接装着する器具類については特注品やその使用者の身体に合わせて特別に作られたものも多いのが実情だと考えられますので、そのような器具類については中古品市場に出品しても値段が付かないため、ローン会社や販売店がその器具類の「所有権」を放棄して引き揚げを行わないケースが比較的多いのではないかと思われます。
最後に
以上のように、自己破産する障害者が使用する義手や義足、車椅子等を利用している場合には原則としてその義手や義足、車椅子等が取り上げられることはないといえますが、競技用の器具類であったり、ローン完済前の器具類があるケースでは、自己破産の手続き上で、あるいは自己破産の手続き前に取り上げられてしまうケースもあると考えられるので注意が必要です。
もっとも、先ほども述べたように、自己破産の手続きでは自由財産の拡張の手続きもありますし、交渉によってはローン会社や販売店が引き揚げを中止するケースもありますから、そのような器具類を使用している障碍者の人が自己破産を検討している場合には、早めに弁護士や司法書士に相談し、十分な準備と余裕を持った申し立てを行うことが求められるといえます。