事故の加害者が自己破産した場合、損害賠償債務も免責される?

他人に対して損害賠償債務を負担している人が自己破産する場合、その負担している「損害賠償債務」がどのような取り扱いを受けるのかといった点が問題になるケースがあります。

なぜなら、たまたま交通事故を起こして他人の車や身体に損害を与えてしまったり、たまたま喧嘩をして他人に怪我を負わせてしまった人が自己破産するような場合が代表的な例として挙げられますが、そのような場合、その他人に対する「損害賠償債務」は自己破産の免責によって支払いが免除されるのか、といった点に疑問が生じるからです。

では、実際にそのような他人に対して損害賠償債務を負担している状態で自己破産の申立を行った場合、その負担する損害賠償債務は自己破産の免責によって支払いが免除されるのでしょうか?

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他人に対する損害賠償債務も免責の対象になるのが原則

結論からいうと、自己破産の免責か確定した場合には、他人に対して負担する損害賠償債務もその損害賠償債務が後述する「悪意で加えた不法行為」や「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為」によって発生したものでない限り、その支払いの全てが免除されることになります。

なぜなら、自己破産の手続きを規定した破産法という法律では、「悪意で加えた不法行為」や「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為」に基づく損害賠償債務については非免責債権として免責の対象にならない旨規定してされていますが、それ以外の通常の損害賠償債務については非免責債権とはされていないからです(破産法第253条1項2号及び3号)。

【破産法第253条1項】

免責許可の決定が確定したときは、破産者は、破産手続による配当を除き、破産債権について、その責任を免れる。ただし、次に掲げる請求権については、この限りでない。

一 (省略)
二 破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権
三 破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(前号に掲げる請求権を除く。)
四(以下、省略)

例外的に他人に対する損害賠償債務が免責されない場合

前述したように、他人に対する損害賠償債務も自己破産の手続きで裁判所から免責が出されればその負担を逃れることができますが、その負担している損害賠償債務が「悪意で加えた不法行為」や「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為」によるものである場合には、例外的に免責の対象にならないものと解されます。

この点、具体的にどのような損害賠償債務が「悪意で加えた不法行為」や「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為」にあたるのか、といった点についての判断基準が問題となりますので、以下その点を検討してみることにしましょう。

(1)「悪意で加えた不法行為」に該当する場合とは?

「悪意で加えた不法行為」の「悪意」に具体的にどのような行為が含まれるのかについては争いがあるようですが、破産法第253条1項の3号で規定されている「故意または重大な過失」と区別されていますので、単なる「故意」や「重大な過失」という基準ではなく、相手方に損害を与える積極的な意思があること、すなわち相手方を積極的に害する「害意」が必要であると考えるのが一般的なようです。

たとえば、「他人のスマホを投げつけて壊した」ような場合には「故意」に他人の所有物を壊してしまったことになるため損害賠償債務が発生しますが、その原因が「浮気をされてカッとなってつい交際相手のスマホを投げつけて壊してしまった」ような場合には、「相手を積極的に害する害意」がなかったことになると考えられるでしょう。

そうすると、このように衝動的に行った故意に基づく損害賠償債務については、破産法第253条項2号にいう「悪意で加えた不法行為」に基づく損害賠償債務にはあたらないとして、自己破産の免責の対象になるという解釈も成り立つのではないかと思います。

また、たとえば「酔っぱらって自転車を運転して駐車してある他人の車に傷をつけた」場合には「重大な過失」はあると思われますが、「積極的にその車に傷をつけようとした」訳ではないでしょうから「害意」があったとまではいえないと思われますので、このような場合にも破産法第253条項2号にいう「悪意で加えた不法行為」に基づく損害賠償債務にはあたらないとして、自己破産の免責の対象になるという解釈も成り立つのではないかと思います。

一方、「他人のスマホを投げつけて壊した」ような場合であっても、その原因が「あいつは気に食わないからスマホをぶち壊して困らせてやろう」といったような動機である場合には、「相手を積極的に害する害意」があったと判断されても仕方ないでしょうし、また「酔っぱらって自転車を運転して駐車してある他人の車に傷をつけた」場合であっても、それが「普段から気に食わない友人の車が駐車してあったのでその友人を困らせる目的でわざとぶつけて傷をつけた」ような場合には、「相手を積極的に害する害意」があったと判断されても言い訳の使用がないでしょうから、そのような場合には、破産法第253条項2号にいう「悪意で加えた不法行為」に基づく損害賠償債務にあたるものと判断されて、自己破産による免責によっても支払いが免除されないことになるのではないかと思われます。

(2)「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為」とは?

「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為」における「故意」や「重大な過失」は比較的判断しやすいと思います。

たとえば、車を運転中に「誤って」他人の車にぶつかって他人にけがをさせた場合には単なる「過失」に過ぎませんから、そこに「故意」や「重大な過失」はないと考えられるため、その「過失」によって発生した損害賠償債務は自己破産の免責が出されれば支払いを免除されるでしょう。

一方、車を運転中に「故意」に他人の車にぶつけて他人にけがをさせた場合には「故意」になりますし、また例えば「危険ドラッグを吸引して」他人の車にぶつけてけがをさせたような場合には「危険ドラッグを吸引すれば意識が飛んで事故を起こすこと」は通常であれば容易に判断できるでしょうから、そこには「重大な過失」があると判断されると考えられますので、このような場合には、「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為」に基づく損害賠償債務と判断されて、自己破産の免責が出されたとしてもその損害賠償債務の支払は免除されないことになろうかと思われます。

最後に

以上のように、他人に加えた不法行為に基づく損害賠償債務を負担している人が自己破産する場合には、通常の損害賠償債務については自己破産の免責でその支払い義務が免除されるものの、「悪意で加えた不法行為」や「故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為」に基づく損害賠償債務については自己破産の免責が出されてもその支払い義務が免除されないことがわかります。

ですから、そのような損害賠償債務を負担している人が自己破産を考えている場合には、早めに弁護士や司法書士に相談し、その損害賠償債務は自己破産の免責で支払い義務を逃れることができるのか、また、仮に免責の対象にならない場合にはどのような対処を取ることができるのかといった点について十分に検討を重ねることが必要になるのではないかと思います。