自営業者(個人事業主)が自己破産を検討する場合には、事業資金の借り入れがその主な原因となっているケースが多くみられますが、このように自己破産の原因が事業資金の借り入れにある場合には、仮に自己破産の手続きで裁判所から「免責(※借金の返済が免除されること)」の決定が出されたとしても、問題の根本的な解決にはなりません。
なぜなら、借金の原因が事業資金の借入である場合には、その事業自体が利益を発生させる状況になっていないことがそもそもの原因といえるからです。
事業資金を借りるというのは一般企業でもあることですので、事業が軌道に乗っていたとしても事業資金を借りることはあるでしょうが、自己破産しなければならないほど借金の返済に行き詰るというのであれば、それは事業自体がうまく回っていないということが十分に推定されます。
そうであれば、自己破産で借金の返済義務を逃れたとしても、すぐに事業資金がショートして再び借金を繰り返してしまうのは明らかといえるはずですから、その事業を廃業してしまうか、十分な利益を確保できるだけの見通しが客観的に明らかにならない限り、裁判所が自己破産の「免責」を出すことは無意味となってしまうでしょう。
では、実際に自営業者(個人事業主)が自己破産する場合に、「免責」を出してもらう前提として廃業や転職を求められることがあるのでしょうか?
自営業者(個人事業主)が自己破産する場合に事業資金の借り入れが自己破産の原因である場合は、その事業の廃業や事業の見直しをしない限り裁判所が「免責」を出しても無意味となるのであれば、裁判所が「免責」を出す条件として廃業や事業の見直しを迫ることも理にかなっているといえる半面、憲法で職業選択の自由(憲法第22条1項)が保障されている以上、国の機関である裁判所が個人事業主に対して廃業を指示することに疑問が生じるため問題となります。
自営業者の自己破産では免責の前提として裁判官が廃業を求めることもある
自営業者(個人事業主)が自己破産する場合において、その借金の原因が事業資金の借入にある場合には、裁判官による審問で「事業を継続するのか」という点を聞かれるのが一般的です。
なぜなら、前述したように事業資金の借り入れが自己破産の原因である場合には、その事業を継続すること自体が借金の原因となっているのですから、裁判所としてもその事業の継続を放置したままで「免責」を認めても、申立人の生活再建という自己破産本来の目的を達成させることができないからです。
廃業しない場合は管財事件になり破産管財人が厳しく調査を行うことも
もっとも、前述したように憲法で職業選択の自由が認められている以上、裁判官が「免責」を出す条件として申立人に廃業することを義務付けることはできませんから、裁判官が廃業を勧めたとしても自己破産の申立人が事業を継続することは可能です。
しかし、自己破産の申立があった場合、裁判官は審問で聴取した内容によって「同時廃止事件」として簡易な手続きで処理するか、それとも「管財事件」として詳細な調査をしたうえで免責を認めるのか、を選択することができますから、あくまでも申立人が事業の継続を希望するのであれば「同時廃止」として簡易な処理で自己破産の手続きを終わらせることはできないでしょう。
そのため、仮に自営業者(個人事業主)が自己破産する場合においてその借金の原因が事業資金の借り入れにあったにもかかわらず、その事業を廃業しないで自己破産後も継続する意思があるというのであれば、その自己破産の手続きは「管財事件」に振り分けることになる可能性が高くなるといえます。
仮に裁判官が「管財事件」として処理することに決めた場合には、裁判所から選任される破産管財人によって厳格な調査がなされることになりますし、その破産管財人に支払う報酬(管財費用※20万円程度)が必要になりますから、時間的にも費用的にも廃業する場合よ売りも負担が増えてしまうことは避けられないでしょう。
廃業しない場合は「裁量免責」が認められない場合も
前述したように憲法で職業選択の自由が認められている以上、裁判官が「免責」を出す条件として申立人に廃業を義務付けることはできませんが、それはあくまでも通常の「免責」を出す場合の話です。
通常の「免責」の場面では、破産法に定められた「免責不許可事由」が認められない限り裁判官は必ず「免責」を出さなければなりませんので、裁判官の判断で「事業の廃業」を「免責」の条件にすることはできません。
しかし、「裁量免責」の場面では異なります。
「裁量免責」の場合には、裁判官が独自の「裁量」的な判断で「免責」を出すか出さないかを判断してかまいませんから、「裁量免責」を出す前提として「廃業」を求めることは十分に考えられるからです。
【裁量免責とは?】
「裁量免責」とは、自己破産の申立人に「免責不許可事由」があって通常であれば「免責」が認められない場合であっても、裁判官の「裁量」によって裁判官の独自の判断によって特別に「免責」を認めるという例外的な手続きのことをいいます。
例えば、自己破産の申立人に「浪費」や「射幸行為(※ギャンブルなど)」があったり、「偏波弁済(※債権者の一部に弁済をしてしまうこと)」や「財産の隠匿」などの事実がある場合には、このような債権者の利益を害する行為がある場合にまで「免責」を認めてしまうと債権者に不当な不利益を与えるだけでなくモラルハザードを招いてしまい社会経済に混乱をきたす恐れがあるため問題です。
そのため、破産法ではこのように不適当な行為を「免責不許可事由」として列挙し、「免責不許可事由」に該当する事実があった場合には原則的に「免責」を認めない取り扱いにしているのです。
しかし、このように「免責不許可事由」に該当する事実があった場合に全てのケースで「免責」を求めないとしてしまうのも自己破産で「免責」が認められない債務者が路頭に迷うことになって不都合な面があります。
そこで、裁判官の「裁量」によって免責を認める「裁量免責」の制度が設けられているのです。
もちろん、自己破産の申立人に「免責不許可事由」に該当する事実が全くないようなケースでは「裁量免責」が問題になることはありませんので、自営業者(個人事業主)が自己破産後も事業を継続することにこだわることも可能かもしれません。
しかし、「浪費」などの「免責不許可事由」はどのようなケースでも少しは見られるものであって、「免責不許可事由」が100%無いケースというのもあまりないと思いますから、自営業者(個人事業主)が自己破産後も廃業せず事業を継続することにこだわる場合には裁判官が「免責不許可事由」を問題にして「裁量免責」の前提として廃業することを「免責」の条件に出すことも十分に考えられるのではないかと思います。
赤字を垂れ流している状況を放置して「免責」を出すことは裁判官としても憚られるでしょうから、裁判官によっては「廃業」を強く勧めるケースはあるのではないかと思います。
※実際、私が過去に関与した自営業者の自己破産のケースでも、本人は事業の継続を望んでいましたが審問で裁判官から廃業を勧められたため最終的に本人が廃業を決めることで同時廃止で処理されたものがあります。
最後に
以上のように、憲法で職業選択の自由が認められている以上、裁判官が自営業者に廃業を強制することはないと思いますが、案件によっては「廃業」するか「事業を継続することによって十分に利益を出すことができる事由の十分な疎明」がない限り、裁判官が「免責不許可事由」の存在をも問題に挙げて「裁量免責」を認めないケースもあるかもしれませんので十分な注意が必要です。
また、仮に裁判官が「免責」を認めるにしても、自営業者(個人事業主)が自己破産後も事業を継続する場合には、事業の収支状況などを破産管財人が厳しくチェックすることになるのが通常ですから、管財事件と処理される結果、管財費用(最低でも20万円)が余計に必要になることは甘受しなければならないでしょう。
いずれにしても、自営業者が自己破産する場合には、その事業自体がうまく回っていないのが実情でしょうから、本当にその事業を継続して問題ないのかという点を今一度十分に考えなおしたり、自己破産を依頼する弁護士や司法書士に相談してみることが必要になるのではないかと思われます。