任意整理とは、弁護士や司法書士に依頼して、債権者との間で残存する債務の減額や利息のカット、分割弁済の和解を協議する債務整理手続きの一種です。
任意整理の手続きによって借金を処理した場合には、利息の再計算によっても残ってしまう債務については、利息や遅延損害金などを一切カットした債務元本について、原則3年以内の分割弁済で返済していくことが債権者との間で合意(和解)されるのが一般的です。
ですから、任意整理の手続きが終了しても、それから3年程度の期間は債権者への返済を続けなければならないことは覚悟しておくべきでしょう。
ところで、この3年という期間は意外に長いものですから、場合によってはその3年の弁済期間の途中に引っ越しが必要になるケースもあるかもしれません。
では、任意整理で債権者と合意した弁済期間において引っ越しすることは全く問題がないのでしょうか?
任意整理の後に債権者の了承を得ないで引っ越しをしてしまうと、借金から逃れるために逃げ出したように思われて何か不都合が生じるような気もしてしまうため問題となります。
任意整理後の引っ越しは自由
結論からいうと、任意整理の手続き後に引っ越しすることは全く問題ありません。
任意整理後の分割弁済期間中であっても、県外であっても海外であっても引っ越しすることは何ら差し支えありませんし、引っ越しすることについて債権者の許可を得る必要もありません。
なぜなら、憲法で居住移転の自由が明文化されている以上(日本国憲法第22条1項)、たとえ任意整理で借金を処理した人であっても、任意整理後の引っ越し自体を法律をもって規制することはできないからです。
【日本国憲法第22条1項】
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
この点、自己破産の場合には、自己破産の手続き中に引っ越しをすることが法律で制限されている場合がありますから(破産法37条)、自己破産の申し立てをした場合には一定の場合に手続き中の引っ越しが制限されることはあり得ます。
【破産法第37条】
第1項 破産者は、その申立てにより裁判所の許可を得なければ、その居住地を離れることができない。
第2項 前項の申立てを却下する決定に対しては、破産者は、即時抗告をすることができる。
しかし、任意整理はそもそも自己破産のように法律で明確に手続きの手順や方法が規定された法定の手続きではなく、単に債権者との間で借金額や分割弁済の協議を行う”示談交渉の場”に過ぎませんので、このような引っ越しを制限するような法律の規定は存在しません。
したがって、任意整理の場合にはその手続き中の引っ越しは制限されませんし、ましてやその手続きが終了した後の分割弁済期間中についても、当然ながら引っ越しは一切制限されないということになります。
任意整理後の新住所を債権者に教えなければならないか?
前述したように、任意整理の手続きが終了した後の分割弁済期間中に引っ越しすることは制限されませんが、だとしても債権者に無断で引っ越しすることは許されるのでしょうか?
任意整理後の引っ越しが自由だとしても、引っ越し先の住所を債権者に教えずに返済を続けても差し支えないのか、という点が問題となります。
この点、前述したように、任意整理の手続きは自己破産のように法律で明確に定められた手続きではなく、債権者との単なる示談交渉の場に過ぎませんから、「任意整理後の分割弁済期間中に引っ越しした場合は債権者に住所を教えなければならない」という法律も存在しません。
そのため、任意整理後に引っ越しをした場合に引っ越し先の住所を債権者に教えなければならないかは、債権者との間で取り交わした「和解契約の内容」か「債務者個人の判断(思想・道徳)」に委ねられることになります。
(1)任意整理の和解で「住所を変更した場合は債権者への通知を擁する」と記されている場合
任意整理で債権者と分割弁済に関する和解をした場合には「和解書」もしくは「示談書」などという形でその分割弁済の内容について書面で合意するのが一般的です。
この「和解書(示談書)」に、「住所を変更した場合は債権者への通知を要する」などと記載がある場合には、「任意整理の後に引っ越しをした場合に新しい住所を債権者に通知すること」自体が任意整理で合意した和解契約の内容となっていますから、仮に引っ越しをした場合には当然、債権者に対して新しい住所を教えなければなりません。
これを怠ると任意整理で合意した和解契約の「債務不履行」となり問題にされることがあるので新しい住所を教えなければならないでしょう。
(2)債務者個人の判断で決める場合
上記の(1)のように和解書に「住所を変更した場合は債権者への通知を要する」などという記載がない場合には(※ほとんどの任意整理で合意される和解書にはこのような記載はなされていません)、任意整理後の分割弁済期間中に引っ越した場合の新しい住所を債権者に告知しなければならない和解契約上の義務は無いとも思えます。
しかし、民法では「信義誠実の原則」が明確に規定されていますから(民法第1条2項)、任意整理の手続きが終了したあとの分割弁済期間中に債務者に住所変更があったにもかかわらず、それを債権者に告知しない行為は、この信義誠実の原則に違反する可能性があります。
【民法第1条2項】
権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
なぜなら、債務者の新しい住所を債権者の方で確知しておかなければ、仮に支払いが滞った場合に請求や督促を行うことができなくなり債権者が不利益を受けてしまうからです。
そのような不利益を与えることを認識していながらあえて新しい住所を教えない場合には、「信義に従い誠実に」任意整理後の分割和解の義務を果たしたことになりませんから、後に債権者から「信義誠実の原則」に違反するとして損害賠償請求等されるリスクは生じることになるでしょう。
ただし、このあたりの判断は最終的には自分で判断するしかありません。
私(このサイトの管理人)の個人的な見解としては「信義誠実の原則」を考えると新しい住所は債権者に告知すべきであると思いますが、弁護士や司法書士によってはそれを強制しない人もいるかもしれませんので、私の意見をここで押し付ける気はないからです。
もっとも、仮に教えた場合には、仮に返済の途中で支払いが滞ってしまうと債権者に住所が知られてしまっていますので新しい住所に督促が届くことになりますし、最悪の場合は債権者からすぐに裁判や支払い督促を申立てられる可能性もあるでしょう。
一方、教えなかった場合には、仮に途中で支払いが滞ったとしても債権者に住所が知られていませんから、債権者側で新しい住所の調査が終わるまでは請求書や督促状が届いたり、すぐに裁判所に訴訟や支払い督促の申し立てが行われることはないと思います。
しかし、そのまま支払いを延滞してしまったような場合には、「債権者からの請求から逃れるために債権者に告知せずに夜逃げ同然で引っ越しをして行方をくらました」と認識されてしまいますので、その後に債権者側と何らかの交渉をする場合にはその点が不利に働くことが予想されますし、前述したように損害賠償請求されてしまうリスクも発生するかもしれません。
このように、任意整理後の分割弁済期間中に引っ越しした場合には、引っ越し先の住所を債権者に教えるか教えないか判断が迷うかもしれませんが、その点は自分で考えて判断するしかないと思います。
もちろん、任意整理を依頼した弁護士や司法書士には引っ越し先の住所を教えておいた方が良いと思いますので、その際にどうするか尋ねてみるのことも検討してみてはどうでしょうか?