任意整理は、弁護士や司法書士に依頼して債権者との間で利息のカットや債務額の減額、分割払いの交渉をしてもらう民事上の手続きのことをいいます。
自己破産や個人再生の手続きは法律上、裁判所に申し立てをすることが定められていますが、任意整理は法律で定められた手続きではなく、個別の債権者との間で行われる示談交渉に過ぎませんので、自己破産や個人再生などよりも簡易迅速で柔軟な解決が見込める点が大きなメリットといえます。
ところで、任意整理を検討している多重債務者の方のなかには、任意整理の手続きをすると「銀行の預金口座が凍結されてしまうのではないか?」という点が心配でなかなか任意整理に踏み切れないという人も少なからずいるようです。
確かに、一定の場合には任意整理をすることによって銀行の預金口座が凍結されることもありますので、このような心配があるのも当然かもしれません。
しかし、実際問題として任意整理の手続きで銀行の預金口座が凍結されてしまうのは限られた一部のケースにすぎませんから、任意整理をするほとんどの場合で銀行の口座凍結が問題になることはないといえます。
では、具体的にどのような任意整理のケースで銀行の預金口座が凍結される場合があるのでしょうか?
口座が凍結されるのはその預金口座の銀行から借りているお金を任意整理で処理する場合だけ
結論からいうと、任意整理の手続きで銀行の預金口座が凍結られるのは、その凍結される銀行口座を所有している銀行からお金を借りている場合で、かつ、その銀行から借りた借金を任意整理で処理する場合です。
たとえば、A銀行X支店で預金口座を開設している状況で、A銀行から借りている借金を任意整理で処理しようとした場合には、A銀行のX支店で開設している預金口座は凍結されて預金の入出金や振り込みができなくなります。
これは、任意整理の手続きによって貸し付けたお金の返済が期待できなくなった銀行側が、預金口座を凍結させて入出金できないようにし、その預金口座に預け入れられている預金を返済を受けられない借金と”相殺”させてしまう必要があるからです。
銀行が顧客(債務者)にお金を貸し付ける場合には、それが資金の融資であろうと一般のカードローンであろうと、契約に保証会社がつけられるのが通常です。
この保証会社を関与させる意図は、債務者からの貸付金の返済が受けられない場合に保証会社に請求して債務者の借りたお金を代わりに返済してもらうことにあります。
保証会社の役割は債務者が返済できない場合に債務者に代わって債権者に借金を返済するところにありますから、銀行の貸付に保証会社が付けられている契約でその銀行から請求された場合には、保証会社は債務者の借りた借金を代わりに返済しなければならないのです(※この保証会社が債務者の代わりに返済することを「代位弁済」といいます)。
ただし、この場合に保証会社が代位弁済するのは、あくまでも銀行がその債務者に対して貸し付けている「貸付金」と、その債務者が銀行に預け入れている「預金」を相殺しても弁済額に不足する部分に限られます。
なぜなら、銀行が預金口座にその債務者の預金を保有している場合には、その「預金」は銀行が預金者である債務者に払い戻さなければならない「銀行にとっての債務」となりますが、その反対に預金者である債務者に対して貸付金という「債権」を有していますので、その債権と債務を相殺することが可能であり(民法505条1項)、その預金されている金額の部分については保証会社に請求しなくても債務者の預金額と「相殺」することにより債務者から直接弁済を受けることができるからです。
【民法505条1項】
二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
そのため、銀行が自己の銀行に預金口座を有する債務者から返済を受けられない場合には、まずその債務者の口座を凍結させることが必要となり、債務者の預金口座を凍結させて債務者の預金額と返済を受けられない貸付金を相殺したうえで、それでもなお不足する金額について保証会社に請求することになるのです。
たとえば、A銀行X支店で預金口座を開設しその預金口座に30万円を預金しているPさんが、A銀行のカードローンを利用してA銀行から100万円を借りている状況で弁護士や司法書士に任意整理を依頼した場合には、A銀行はまずPさんがA銀行のX支店に開設している預金口座を凍結させて借金の100万円とPさん預金額である30万円とを相殺しなければなりません。
そして相殺しても弁済額に足らない残りの70万円を保証会社に対して請求することになります。
このように、銀行からの借り入れの場合には、銀行が弁済を受けられない場合にその債務者の銀行口座を凍結させて相殺することが必要となりますから、預金口座を開設している銀行からお金を借りている場合に、その銀行に対する借金を任意整理する場合には、預金口座が凍結させられてしまうことになります。
消費者金融などの貸金業者やクレジット会社からの借金を任意整理しても銀行の預金口座が凍結されることはない
前述したように、預金口座が凍結されるのは、その預金口座を開設している銀行等からお金を借りている場合で、かつ、その銀行を任意整理の債権者として処理する場合に限られます。
ですから、消費者金融などの貸金業者やクレジット会社からの借金を任意整理で処理する場合には、たとえそれらの返済を特定の銀行口座からの引き落としにしていたとしても、任意整理したことをもってその銀行口座が凍結されることはありません。
銀行からの借り入れを任意整理で分割弁済する場合でも預金口座の凍結は避けられない
なお、銀行からの借り入れを任意整理する場合において、その借金を弁護士や司法書士の交渉によって分割弁済で支払うというような和解が成立する場合であっても、銀行の預金口座の凍結は避けられません。
なぜなら、銀行からの借り入れを任意整理する場合には、弁護士や司法書士からその銀行に債務整理を開始するという通知(受任通知)がなされた時点で銀行から保証会社に代位弁済の請求がなされることになりますから、その通知がなされた時点で代位弁済の前提として前述した手順で預金口座の凍結がなされ、預金額との相殺がなされてしまうからです。
弁護士や司法書士から債務整理(任意整理)の開始にかかる通知が届いた場合には、その金銭消費貸借の契約上、銀行側としては契約通りの返済が受けられないということが確定することになりますから、保証会社に代位弁済の請求を行うことが当初の契約で認められています。
ですから、弁護士や司法書士が介入することが明確になった時点で銀行が債務者の預金口座を凍結させて預金額と相殺し保証会社に代位弁済を請求することは避けられませんから、弁護士や司法書士に任意整理を依頼し、その任意整理の対象として預金口座を有する銀行を手続きに含めてしまった場合には、その銀行の預金口座が凍結されてしまうことを覚悟するしかないことになります。
凍結されるのは任意整理の債権者となった銀行に開設している預金口座だけ
もちろん、任意整理の債権者となっている銀行が凍結できるのはその債権者となっている銀行に開設されている預金口座に限られますから、他の銀行に開設している預金口座が凍結されるわけではありません。
なぜなら、たとえ債務者に対して債権を有している銀行であっても、他の銀行に開設されている預金口座を凍結させてしまう権利は存在しないからです。
たとえば、前述の例でいうと、A銀行のX支店で預金口座を開設しているPさんがA銀行から借りている100万円を返済できない場合にはPさんがA銀行のX支店に開設している預金口座はA銀行によって凍結されますが、PさんがB銀行に開設している預金口座が凍結されることはありません。
A銀行には、B銀行という別の銀行に開設されている預金口座を凍結させて相殺する権限はないからです。
保証会社から代位弁済がなされれば凍結は解除される
なお、上記で説明したとおり、銀行から借りている借金を任意整理で処理する場合には、その任意整理の対象とした銀行に開設している預金口座は凍結されることになりますが、借入金と預金額の相殺がなされた後、銀行から保証会社に代位弁済の請求がなされて保証会社から銀行に代位弁済がなされれば、凍結された銀行口座は復活することになります。
これは、保証会社からの代位弁済がなされれば、銀行が債務者に対して有していた「貸金債権」が消滅し銀行は預金口座の開設者に対して何らの債権も有していないことになりますから預金口座を凍結する権利もなくなるので口座の凍結を解除することになるからです。
口座の凍結が解除されれば、もちろんそれ以後は自由に入出金することができますから、光熱費の引き落としや給料の振込先として利用することも差し支えありませんし、その後再度その銀行から借り入れをして再度延滞したりしない限り、再び凍結されることもありません。
なお、この点についてはこちらのページで詳しく解説しています。
信用金庫や農協など預金口座のある金融機関からの借り入れについても同様に預金口座が凍結される
以上は銀行の預金口座を例にして解説しましたが、信用金庫や農協など預金口座を有している金融機関から借り入れがある場合には、その借入金について任意整理で処理する場合には上記と同様にその金融機関に開設している預金口座が凍結されることになりますので注意するようにしてください。