借金の返済が困難になってくると、食費や遊興費を削るだけでは間に合わず、最終的には光熱費を滞納したり、最悪の場合には家賃も滞納してトラブルを抱えるケースも多くあります。
このような場合に問題となるのが、滞納家賃を抱えたまま自己破産したケースで、その滞納家賃が免責(借金の返済義務が免除されること)の対象となるのか、という点です。
滞納した家賃も「支払わなければならないお金」という意味では「借金」とおなじ「負債」なので免責の対象となってもよさそうですが、他の借金の返済義務さえ免除されれば滞納した家賃を支払うこともできるわけですから、滞納家賃に関する債務だけを除外して自己破産の手続きを進めても問題ないようにも思えます。
では、実際の自己破産の手続きでは、滞納した家賃はどのように扱われるのでしょうか?
自己破産の手続きで免責を受ければ、その滞納家賃の支払い義務は免除されることになるのでしょうか?
自己破産の「開始決定が出されるまで」に滞納した家賃は自己破産の免責の対象となる
結論から言うと、自己破産の申し立てを行って裁判所から免責が出されれば、その自己破産の手続きにおける「開始決定が出されるまで」に滞納した家賃については免責の対象となりますのでその滞納分の家賃は支払いが免除されることになります。
なぜなら、先ほども述べたように滞納した家賃も「支払わなければならないお金」という意味では債務者の負債であって、他の貸金業者や金融機関からの借り入れとその性質は異ならないからです。
「滞納した家賃」も債務者の負債ということには変わりありませんから、自己破産の申立書にその滞納した家賃を債務として記載して申し立てを行い、裁判所から免責が受けられれば、他の借金と同じようにその支払い義務が免除されることになります。
なお、なぜ「開始決定が出されるまで」に発生した滞納した家賃だけが免責の対象になるかというと、自己破産の手続きは「開始決定が出されるまで」に債務者に生じた債務と資産を清算する手続きであって、「開始決定が出された後」に発生する債権債務関係はその自己破産の手続きとは切り離して考えられるからです。
自己破産の「開始決定が出されるまで」正確にいうと「開始決定が出された日の前日」までに発生している滞納分の家賃については免責の対象となりますが、「開始決定が出された日」以降の家賃については免責の対象とはなりませんので「開始決定が出された日以降に発生する家賃」については契約どおり、自己破産の免責を受けた後も家主に支払っていかなければならないことになります。
ただし、事案によっては自己破産の申し立て前に滞納家賃を解消させてから申し立てを行う場合もある
このように、滞納した家賃は自己破産の免責の対象となりますから、自己破産の申立書にそれまで滞納している家賃を「債務」として挙げておけば、その滞納分の家賃は免責の対象となって支払い義務は免除されることになります。
もっとも、これはあくまでも法的にはそういう取り扱いになるというだけであって、実務上の申し立てでは必ずしも滞納家賃分を自己破産の手続きにおける「債務」として申し立てを行うというわけでもありません。
ケースによっては、自己破産の申し立てをする前に滞納した家賃をすべて支払い、家賃の滞納状態を解消させてから申立書を裁判所に提出する場合も比較的多くあります。
なぜそのようにするかというと、滞納家賃分を自己破産の手続きに含めて申し立てを行って免責を受けてしまうと、滞納家賃の支払いを受けられない家主が賃貸契約を強制的に解約して退去を求めてくる場合があるからです。
もちろん、自己破産で免責を受けたからという理由だけを持って家主が賃貸契約を解除することに法的な問題が生じないわけではありませんが(※注1)、そうはいっても家主から退去を求められれば事実上退去を余儀なくされてしまいますし、法的に争うにしても費用と時間が必要になり債務者にとって大きな不利益となってしまいます。
ですから、そういった不都合を回避する手段として、自己破産の申し立て前に滞納家賃をすべて支払っておき、家賃の滞納がない状態にしたうえで自己破産の申し立てをすることも一般的には広く行われているのです。
賃貸契約の解除はも入居者が住まいを失ってしまうことになり入居者が受ける不利益が大きいので、少々の家賃滞納があっても家主側の一方的な解約は簡単には認められないのが通常です。
一般的な裁判では、家主と賃貸人の間の「信頼関係が破綻した」と認められる場合しか家主からの強制解約を認めていないのが実情で、数か月から半年程度の家賃滞納では「信頼関係が破綻しているとはいえない」と判断されて解約が認められないケースが多く、1年から2年以上の滞納がある場合でしか解約が認められないのが実情ですので、1年から2年程度家賃を滞納して自己破産の免責を受けたような場合でない限り、自己破産したことを理由に追い出されることはないのではないかと思います。
▶ 家賃を滞納して自己破産したら賃貸物件を退去させられる?
自己破産の申し立て前に滞納家賃を解消すると偏波弁済になる点には注意が必要
このように、事案によってはあらかじめ滞納した家賃分を支払って家賃の滞納がない状態にしたうえで自己破産の申し立てを行う場合もありますが、このような行為は「偏波弁済(一部の債権者にだけ有利になるような返済をすること)」として免責不許可事由の問題を生じさせる点には注意が必要です。
なぜなら、自己破産の手続きではすべての債権者を平等に扱うことが求められますので、原則的に考えれば他の債権者への支払いを止めている状態で家賃の滞納分だけを支払うのは、その家賃の滞納が生じている債権者(家主)だけを特別扱いすることになり「偏波弁済」として免責不許可事由の問題を生じさせることになるからです(※詳しくは→借金は自己破産する前にできる限り返済すべきなのか?)。
もっとも、2~3か月から半年程度の滞納分を自己破産の申し立て前に支払ったぐらいであれば、裁判所もそれほど偏波弁済の問題は追及してくることはありません。
裁判所としても、滞納家賃を自己破産の債務に含めて免責を受ければ法的な有効性は別にして家主から賃貸契約の解除を告げられて退去を求められる危険性は認識していますから、ある程度の滞納家賃の支払いは債務者の保護のためやむを得ないものとして許容してくれるのが一般的です。
もちろん、滞納が1年2年に及んでいてその滞納家賃がそれなりの高額になる場合には、「そんなに高額な滞納分を支払う資力があるんなら他の債権者への配当に回しなさいよ」といわれて偏波弁済として認められないことがありますが、そのような大きい金額でない多少の滞納家賃であれば、自己破産の申し立て前に支払っても差し支えないのが実務上の取り扱いといえます。
(※ただし、この点については弁護士や司法書士によっても見解がことなるので、実際に滞納家賃分を自己破産の申し立て前に支払う場合には、依頼する弁護士や司法書士とよく協議することが必要です)
最後に
以上で説明したように、滞納している家賃も自己破産の免責の対象となることに違いはありませんので、滞納した家賃を支払えないというのであれば、自己破産の手続きで処理しても問題ないでしょう。
また、仮に滞納家賃があったとしても、その金額がさほど高額にならない場合には、家主から退去を求められるのを防ぐため、自己破産の申し立て前に滞納分を支払って滞納状態を解消してから自己破産の手続きを進めるという方法を取っても差し支えないものと考えられます。
もっとも、いずれの方法を取るにしても、滞納家賃に関しては事前に支払うかそれとも自己破産の債務に含めて免責を受けて処理してしまうか微妙な判断が求められますので、自己破産の申し立てを検討している段階で家賃を滞納してしまっている場合には、速やかに弁護士や司法書士に相談して十分な検討をしてもらうことが必要となるといえます。