自己破産の申し立てをする場合、その所有する財産(資産)は全て裁判所に取り上げられて売却され、その売却代金が債権者に配当されることになるのが原則です。
なぜなら、自己破産の手続きは借金の返済の免除を目的として行われますが、その返済の免除を受けるためには、まずその前提として自己の保有する全ての財産を弁済に充てて自己の資産の清算をする必要があるからです。
債権者に弁済できる資産を保有しておきながら自己破産の手続きで借金の免除ができるとしてしまうと、債権者に返済する経済的余裕がありながら借金の免除を受けることになって不合理な結果となってしまいます。
そのため、自己破産の手続きではこのような資産の清算手続が必要となっているのです。
ところで、このように自己破産の手続きにおいて保有する資産が取り上げられてしまう点に関連して問題となるのが、自営業者(個人事業主)が自己破産する場合です。
自営業者(個人事業主)は、仕事で使用する器具や機材、機械など比較的高額になる道具類を所有していることも多いですが、これら仕事に必要不可欠な道具等を自己破産の手続きで裁判所に取り上げられてしまうとなると、その後の事業継続が不可能になってしまう恐れがあるからです。
では、自営業者(個人事業主)が自己破産する場合、仕事で使用する道具や機材なども裁判所に取り上げられて売却されることがあるのでしょうか?
自営業者(個人事業主)の仕事道具や機材等は仕事を継続するうえで必要不可欠なものといえますから、それが取り上げられるとなると、事業継続が困難となり廃業に追い込まれる結果仕事を失ってしまう可能性もあるため問題となります。
仕事で必要な道具や機材は取り上げられないのが原則
結論からいうと、自営業者(個人事業主)が自己破産する場合に、その仕事道具や仕事で使う機材などが裁判所に取り上げられて売却されることはありません。
なぜなら、自営業者(個人事業主)が仕事で使用する道具やその業務に欠くことができない器具については、自己破産の手続きで債権者への配当の原資となる「破産財団」には含まれないことになっているからです。
自己破産の手続きにおいては、自己破産の申立人から取り上げて債権者への配当に回すことができる資産のことを「破産財団」と呼びますが、その「破産財団」を規定した破産法の規定では、「差し押さえることができない財産」はこの「破産財団」には含まれないと定められています(破産法第34条)。
【破産法第34条第3項】
第1項の規定にかかわらず、次に掲げる財産は、破産財団に属しない。
- (省略)
- 差し押さえることができない財産(民事執行法第131条第3号に規定する金銭を除く。)。ただし、同法第132条第1項(同法第192条において準用する場合を含む。)の規定により差押えが許されたもの及び破産手続開始後に差し押さえることができるようになったものは、この限りでない。
(以下、省略)
この点、「差し押さえることができない財産」に仕事で使用する道具やその業務に欠くことができない器具等がこの「差し押さえることができない財産」に含まれるかが問題となりますが、「農業従事者の器具や肥料、家畜や種子等」「漁業従事者の漁網や漁具、稚魚等」「技術者や職人等の業務に欠くことができない器具等」などは「差し押さえてはならない財産」として明確に法律で定められています(民事執行法第131条)。
【民事執行法第131条】
次に掲げる動産は、差し押さえてはならない。
第1号~3号(省略)
第4号 主として自己の労力により農業を営む者の農業に欠くことができない器具、肥料、労役の用に供する家畜及びその飼料並びに次の収穫まで農業を続行するために欠くことができない種子その他これに類する農産物
第5号 主として自己の労力により漁業を営む者の水産物の採捕又は養殖に欠くことができない漁網その他の漁具、えさ及び稚魚その他これに類する水産物
第6号 技術者、職人、労務者その他の主として自己の知的又は肉体的な労働により職業又は営業に従事する者(前二号に規定する者を除く。)のその業務に欠くことができない器具その他の物(商品を除く。)
第7号(以下省略)
したがって、自営業者(個人事業主)が自己破産する場合であっても、その事業の継続に必要不可欠な道具や機材、機械類、器具等については自己破産の手続きにおいても裁判所に取り上げられて売却されてしまうということは、基本的にないということが言えます。
ただし、自己破産の原因となる負債のほとんどが事業資金の借入である場合には、廃業を勧められるのが原則
以上のように、自営業者(個人事業主)が使用するその事業に必要不可欠な道具や機材、器具や機械などは、たとえ自己破産の手続きをしたとしても裁判所に取り上げられて売却されることはありませんから、自己破産をした場合にその道具や機材を取り上げられて事業の継続ができなくなってしまうという心配は基本的にないということができます。
しかし、自己破産の原因となる負債のほとんどが事業資金の借入であった場合には、裁判官が免責(※借金の返済が免除されること)を認める前提として、廃業を勧められるのが通常ですので、仮に自己破産の手続き上で仕事道具を取り上げられないとしても、結果的に廃業しなければならなくなることもあるので注意が必要です。
自己破産の手続きで裁判官が「免責」を認める場合には、「その債務者が免責によって生活の債権ができるか」という点を吟味することになりますが、事業資金の借り入れが自己破産の主たる原因であった場合には、仮に裁判官が「免責」を許可しても根本的な解決にはつながりません。
なぜなら、事業資金の借り入れが自己破産の原因であれば、その事業資金の返済を「免責」で免除したとしても、その自己破産の手続きが終了すればまた事業資金に窮して再び借り入れを行うことは容易に想像できるからです。
自己破産の目的は、申立人を債務から解放し生活の再建を図るところにあり、その生活の債権が望めないことが明らかであるにもかかわらず裁判所が「免責」を出すことはできませんから、事業資金の借り入れが自己破産の原因である場合には、裁判官としてもその事業の改善が見込めるという確信を得られるか、事業を廃業して労働者として他の企業に就職するなどするかしない限り、容易に「免責」を出すことができないのです。
ですから、事業資金の借り入れが自己破産の原因である場合には、その事業の廃業が前提でなければ裁判官が「免責」を出しにくくなったり、通常であれば破産管財人を選任しなくてよい事案でも破産管材人を選任して(この場合には管財人の報酬を20万円ほど払わなければならなくなります)厳しく申立の内容をチェックさせるなど、自己破産の手続き上で事実上の不利益を受けてしまうこともありえますから、その点を十分に考慮して廃業するかしないか考える必要があるといえます。
廃業をする場合は仕事道具が裁判所に取り上げられて売却されることもある
なお、以上のように、自己破産に至った原因が事業資金の借り入れにあるような場合には「免責」を受ける前提として廃業を勧められることもありますが、仮に廃業する場合には、その仕事道具も「仕事で必要不可欠」とはいえなくなることから、裁判所に取り上げられて売却されることもあるといえます。