自己破産の申立を行った場合、その申立人(債務者)の所有する財産(資産)は自由財産として保有が認められる部分を除き、その全てが裁判所(破産管財人)に取り上げられて市場で売却され、その売却代金が債権者に配当されることになるのが原則です。
自己破産は申立人が負担する全ての債務の返済を免除(免責)する手続きですが、申立人(債務者)が資産を保有したまま債務だけを免除してしまうと、申立人(債務者)が債務の免除で不当に利益を得ている一方で債権者に多大な経済的損失を与えることになり不都合な結果となってしまいます。
そのため、申立人(債務者)が自己破産の手続きで債務の免除(免責)が得られる前提として、申立人(債務者)の所有するすべての資産を清算し、債権者に配当できるものについてはすべて裁判所(破産管財人)が取り上げて売却し、その売却によって得られる金銭を債権者に分配して債権者の損失を可能な限り抑えられるようにしているのです。
もっとも、だからといって自己破産するケースで全ての場合に所有する財産(資産)が取り上げられてしまうわけではありません。
例えば自営業者(個人事業主)などが仕事で使用する道具や器具、機械等については、法律で強制的に取り上げることが禁止されていますから、たとえ自己破産したとしてもそのような仕事道具を失ってしまうことはないといえます。
▶ 自営業者が自己破産すると仕事道具も裁判所に取り上げられる?
しかし、ここで疑問が生じるのが、自営業者が仕事道具をローンで購入した後に自己破産するような場合であってもそのローンで購入した仕事道具は取り上げられてしまわないのか、という点です。
例えば、農業従事者の使うトラクターなどは安いものでも数十万円、高いものは数百万円程度するものもありますが、そのような仕事で使用する高額な機械類をローンで購入して自己破産しても裁判所(破産管財人)に取り上げられないとすれば、これら高額な農機具等を自己破産前に大量にローンで購入し自己破産で免責を受けた後に売却して不当な利益を得るという不正な行為も容認されることになり不都合な結果となってしまいます。
では、このように自営業者が「仕事に必要」との名目でローンで購入した高額な農機具等の機材などは、自己破産の手続きを行っても取り上げられたりしないのでしょうか?
ローンで購入したものは自己破産前に債権者が引き揚げてしまうのが通常
前述したように、自営業者の仕事道具は自己破産の手続きを行っても裁判所や破産管財人に取り上げられないのが原則的な取り扱いとなっていますが(※詳細は→自営業者が自己破産すると仕事道具も裁判所に取り上げられる?)、そのように考えると「仕事に必要」という理由で自己破産の申立前に大量の「仕事道具」をローンで購入し、自己破産の免責を受けた後でその購入した「仕事道具」を売却してしまうという不正行為もできることになり不都合な結果となってしまいます。
もっとも、このような実際にはこのような不正な行為は行えません。
なぜなら、ローンで購入した場合、その購入した商品の所有権はそのローンが完済されるまでクレジット会社や販売会社に「留保」されているのが通常ですので、自己破産の手続きが開始される前に債権者であるクレジット会社や販売会社が「所有権」に基づいて回収し、中古市場で売却して売却代金を弁済に充当することになるからです。
前述したように、自営業者の仕事道具は自己破産の申し立てによっても裁判所(破産管財人)に取り上げられることはありませんので、ローンで購入した仕事道具も「自己破産の手続き上は」原則として取り上げられることはありません。
しかし、ローンで購入したものについてはそのローンが完済されるまでクレジット会社や販売会社において「所有権留保」がなされているのが通常で、ローンが完済された時点で所有権が購入者に移転することになっているのが通常ですので、自己破産の手続きとは関係なく、クレジット会社や販売会社の方で「ローンを払えないのなら返してもらうよ」と強制的に引き揚げて中古市場で売却し、その売却代金を残りのローンの弁済に充当することになるのです。
このように、ローンで購入した「仕事道具」については自己破産の手続きとは関係なく、返済がストップした段階でクレジット会社や販売会社が所有権に基づいて引き揚げることになりますので、ローンで購入したものを自己破産の手続き後に売り抜けるという不正行為はできないことになります。
ローンを完済している物は、原則としてそのまま所有することが認められる
前述したように、ローンを完済していない商品は、そもそもそのローンが完済されるまでは所有権がクレジット会社や販売会社に留保されていますので、自己破産の手続き前に返済が滞った時点でクレジット会社や販売会社が引き上げることになります。
一方、ローンを完済している場合には、その商品の所有権は購入者に移転することになりますので、その商品は自己破産の手続きにおいて「資産」と判断されることになります。
もっとも、『自営業者が自己破産すると仕事道具も裁判所に取り上げられる?)』のページでも説明しているように、このように自己破産の手続き上で「資産」と判断される場合であっても自営業者が仕事で必要となる道具や器具、機材や機械類は基本的に「差押えが禁止される財産」として「債権者の配当に充てるべき資産(破産財団)」にはならないのが原則ですから、ローンを完済している仕事道具や機材等については、自己破産の手続きにおいても裁判所や破産管財人に取り上げられることはなく、自己破産の手続き後も所有することが認められるものと考えられます。
ただし、破産法では「差押えが禁止される財産」であっても民事執行法の手続きによって「差押えが許されたもの」や「破産手続開始後に差し押さえることができるようになったもの」については「破産財団」として「債権者の配当に充てるべき資産」とすることも可能になっていますので、債権者が一定の手続きを取って裁判所が認める場合には(※たとえば自己破産者が売却すれば相当の値段が付く大型のトラクターなどをローンで購入し完済している場合などに債権者がそのトラクターの換価を申出て裁判所が認めた場合など)、例外的にローンを完済した仕事道具であっても裁判所に取り上げられて売却されることもあるかもしれませんので注意が必要です(破産法第34条、民事執行法第131条)。
【破産法第34条第3項】
第1項の規定にかかわらず、次に掲げる財産は、破産財団に属しない。
- (省略)
- 差し押さえることができない財産(民事執行法第131条第3号に規定する金銭を除く。)。ただし、同法第132条第1項(同法第192条において準用する場合を含む。)の規定により差押えが許されたもの及び破産手続開始後に差し押さえることができるようになったものは、この限りでない。
(以下、省略)
【民事執行法第131条】
次に掲げる動産は、差し押さえてはならない。
第1号~3号(省略)
第4号 主として自己の労力により農業を営む者の農業に欠くことができない器具、肥料、労役の用に供する家畜及びその飼料並びに次の収穫まで農業を続行するために欠くことができない種子その他これに類する農産物
第5号 主として自己の労力により漁業を営む者の水産物の採捕又は養殖に欠くことができない漁網その他の漁具、えさ及び稚魚その他これに類する水産物
第6号 技術者、職人、労務者その他の主として自己の知的又は肉体的な労働により職業又は営業に従事する者(前二号に規定する者を除く。)のその業務に欠くことができない器具その他の物(商品を除く。)
第7号(以下省略)
ローンで購入した仕事道具がある場合は、弁護士や司法書士と十分に対策を取ることが必要
以上のように、自営業者の仕事道具は「差押えが禁止される財産」となることから自己破産の手続きにおいて裁判所が強制的に取り上げて換価するということは原則としてありませんが、ローンで購入したものについてはローンが完済されるまでクレジット会社や販売会社に所有権が留保されていますので、自己破産の手続きとは別のルートで債権者が直接引き揚げて売却し弁済に充てられることになるのが通常です。
自営業者が自己破産を予定している場合においてローンで購入している仕事道具がある場合には、その仕事道具を失うことは原則として避けられず事業の継続が困難になる恐れもありますので、早めに弁護士や司法書士に相談して適切な対処を取ることが求められます。