債権者から融資を受ける場合、収入や職業など一定の信用情報について調査がなされるのが通常ですが、正直に申告すると融資やクレジットカードの審査が下りないからか、実際よりも収入を多く申告したり、他の借金の存在を伏せて申告するなど、融資を受けたいがために嘘の申告をしてしまう人が稀に見られます。
もちろん、このような借り入れは「詐欺罪(刑法第246条)」の構成要件を満たす犯罪であって許されるものではありませんが、そのような罪の意識が希薄で「つい」借入の審査で嘘の申告をしてしまう人は少なからずいるのが現実でしょう。
ところで、このように融資を受ける際に虚偽の申告をしている人は、自己破産が避けられない状況に陥っても、なかなか自己破産に踏み切ることができないのが実情です。
自己破産の申し立てをする際に作成する申立書には真実をそのまま記載しなければなりませんが、申立書に真実を記載すると、融資を受ける際に申告した内容がウソであったことが債権者にバレてしまいますから、自己破産の申し立てを行うのに抵抗を感じる人が多いのです。
では、債権者に対して嘘の申告をして融資を受けていた場合、自己破産の手続きでは具体的にどのような影響が生じるのでしょうか?
借入の際に虚偽の申告をしたことによって何らかの不利益を受けてしまうのでしょうか?
債権者に嘘の申告をして借入をしている場合には自己破産の免責が受けられなくなるのが原則
結論からいうと、債権者からお金を借りる際やクレジットカードの申込みなどの際に、収入を偽ったり他の借金を隠したりするなど虚偽の申告をして審査を受けていた場合には、自己破産の手続きで免責(借金の返済が免除されること)が受けられなくなる可能性があります。
なぜなら、自己破産の手続きを規定した破産法という法律では、その第252条において破産手続き開始の申し立てから1年前までの間に債権者に噓をついて借り入れを行った事実がある場合を免責不許可事由として明記しているからです(破産法第252条第1項5号)。
【破産法第252条】
第1項 裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
第1号~4号(省略)
第5号 破産手続開始の申立てがあった日の一年前の日から破産手続開始の決定があった日までの間に、破産手続開始の原因となる事実があることを知りながら、当該事実がないと信じさせるため、詐術を用いて信用取引により財産を取得したこと。
(以下、省略)
法律では「破産手続開始の申立てがあった日の一年前の日から破産手続開始の決定があった日までの間に」と規定されていますので、債権者に嘘をついて借り入れをした全てが免責不許可事由に該当するわけではありませんが、自己破産の申立書を裁判所に提出した日からさかのぼって1年以内に、債権者に嘘の申告をして借り入れをした借金がある場合には、そこ借入が「詐術」を用いた借入として免責不許可事由と判断されることになります。
たとえば、自己破産の申立書を裁判所に提出するのが8月1日であったとすると、その前年の8月1日から自己破産の申立書を提出する日の前日(今年の7月31日)までの1年間に借り入れを行った分について債権者に嘘の申告をしていたものがある場合には、その借り入れが上記の破産法第252条第1項第5号にいう「詐術」を用いた借入と判断され、免責が受けられなくなるということになるでしょう。
「詐術」とは具体的にどのような嘘をいうのか?
このように、自己破産の申し立ての前1年間に債権者に嘘の申告をして借り入れを行っている場合には「詐術を用いた借入」として免責不許可事由となります。
この点、その「詐術」とは具体的にどのようなものをいうのかが問題となりますが、たとえば「職業」や「収入」など信用情報に関する事項は当然ですが、その他にも「生年月日」や「住所」を偽ったり、その時点で負担している「負債額」を偽ったり、「他人の名義」を使って借入をするなどの行為も、上記の破産法第252条第1項5号にいう「詐術」に該当します。
申立書に嘘の記述をすることは可能か?
以上のように、自己破産の申立日からさかのぼって1年以内に「詐術」を用いた借入がある場合は免責不許可事由に該当し、免責が認められないのが原則です。
この場合、自己破産の申立書に「過去1年以内に行った詐術を用いた借入」を記載しなければよいではないか、と思う人もいるかもしれませんが、それは不可能です。
なぜなら、自己破産の申立書には
「破産手続開始の申し立てがあった日の1年前の日から破産手続開始の決定があった日までの間に、他人の名前を使ったり、生年月日、住所、負債額及び信用情報等について誤信させて、借金したり、信用取引をしたことがありますか」
などと、過去1年間の詐術を用いた借入を具体的に記載する欄が設けてありますので(※裁判所によって様式は異なりますが、いずれの裁判所の書式でもこのような質問事項が設けられています)、過去1年以内に詐術を用いて借り入れをしている場合には、それを申告しないという選択肢はないからです。
この点、裁判所にも嘘の申告をすればよいではないかと思う人もいるかもしれませんが、そのような虚偽の申告をすることも免責不許可事由に該当しますし、詐欺破産罪や説明義務違反などで処罰される危険性もありますから、債権者だけでなく裁判所まで欺くことは事実上不可能と考えた方が良いでしょう。
裁量免責が受けられるよう裁判官や破産管財人に説明を尽くすしかない
以上のように、自己破産の申立書を裁判所に提出する日から遡って1年間に「詐術」を用いた借り入れがある場合には、免責不許可事由に該当することになります。
しかし、だからといって絶対に免責が受けられないかというとそうでもありません。
自己破産の手続きでは、免責不許可事由に該当する事実が認められる場合であっても、裁判官の判断(裁量)によって免責を与えることができる「裁量免責」の制度が設けられているからです(破産法第252条第2項)。
【破産法第252条第2項】
前項の規定にかかわらず、同項各号に掲げる事由のいずれかに該当する場合であっても、裁判所は、破産手続開始の決定に至った経緯その他一切の事情を考慮して免責を許可することが相当であると認めるときは、免責許可の決定をすることができる。
そのため、上記のように自己破産の申立書を裁判所に提出する日からさかのぼって1年以内に詐術を用いた借入があるような場合には、そのように「詐術を用いて借り入れをしてしまった経緯」であったり、「そうしなければならなかった事情」を上申書などに記載して提出したり、反省文を作成して裁判所や破産管財人に提出するなど、裁判官や破産管財人の理解を得るよう努力することが必要となります。
借りに詐術による借り入れがあったとしても、裁判官において「そういう事情があったのなら仕方がない面もあるし、反省してもいるようだから特別に免責を出してあげよう」という判断をしてもらえるようであれば、「裁量免責」を受けることができますので、裁判官や破産管財人に理解してもらえるよう誠意を尽くすことは必要でしょう。
なお、この点については自己破産を依頼する弁護士や司法書士から指導や助言がなされると思いますが、詐術を用いて借り入れの事実がある場合には、自己破産を依頼する弁護士や司法書士によく打ち合わせを行い、適切な対処をしていくことが求められるといえます。