多重債務に陥ってしまう原因は様々ですが、意外に多いのがうつ病に罹患してしまったことをきっかけに借金生活から抜け出せなくなってしまうケースです。
うつ病を発症してしまうと、仕事が思うようにできなくなって退職を迫られたり、対人関係も希薄化して孤立化してしまうことも多くありますから、自宅に引きこもりがちになって収入が得られないままカードローンなどで生活費を賄う状態に陥ってしまうというようなケースも多くみられます。
このような状態にいったん陥ってしまうと、仮に定職に就いて安定的な収入が得られることになったとしても、それまでに発生した借金を返済することはかなり厳しくなりますから、多くの場合、自己破産で処理するしかないと考えられます。
この点、うつ病に罹患している人が自己破産の申立を滞りなくできるのかという点に疑問が生じるかもしれませんが、自己破産の申し立ては弁護士か司法書士に依頼するのが通常ですので、弁護士や司法書士の事務所に出向いて相談できる程度の症状であるならば、たとえうつ病に罹患していたとしても十分、自己破産の申し立てをすることは可能です。
もっとも、うつ病に罹患している場合には、精神的に不安定な場合も多く、収入も全く無い場合も有るでしょうから、一般の人の自己破産よりも慎重に行わなければならない点もあると考えられます。
では、うつ病の人が自己破産の申立を行う場合には、具体的にどのような点に気を付ければ良いのでしょうか?
医師の診断を受けておく
うつ病の人が自己破産の申立を行う場合には、あらかじめ精神科の医師の診察を受けておくことをお勧めします。
これは、自分で「自分はうつ病だ」と思い込んでいる場合であっても、それが本当に医学的な意味での「うつ病」なのかは医師でないとわからないからです。
自分自身で「うつ病だ」と思っていたとしても、自己破産の申し立てをした後で「実際はうつ病ではなかった」ということになってしまうと、裁判所(裁判官)に説明する内容(借入の事情や返済できなくなった事情等)にも相違が生じてしまうこともあり、そうなると後で手続きが面倒になる場合もあり得ます(※たとえば「うつ病」を理由に手続きを簡略化させようとしたなどと疑われてしまう等)。
また、そもそもうつ病に罹患している場合には、早急に精神科の医師の診察を受けて適切な処置をしてもらうことが必要で、そのまま放置することは自分自身の健康にとって好ましいことではありません。
ですから、もし仮に自己破産の申立前に「自分はうつ病だ」と感じる症状がある場合には、自己破産の相談に行く前に、早急に医師の診察を受けることが必要といえます。
なお、収入がなくて医師の診察を受けられないというような場合は、生活保護の「医療扶助」を申請する必要がありますが、この点については後述します。
弁護士や司法書士にうつ病に罹患していることを申告しておく
うつ病の人が自己破産の申立を行う場合には、自己破産の手続きを相談・依頼する弁護士や司法書士に、自分がうつ病に罹患している旨を必ず申告するようにしてください。
弁護士や司法書士に依頼する際にうつ病を隠してしまう人もいるようですが、多重債務に陥った原因がうつ病にある場合には、そのうつ病の症状等を自己破産の申立書に記載する必要がありますし、自己破産の申立書には申立て時に罹患している病名等を記載する欄も設けられてありますから、うつ病に罹患しているにもかかわらず、うつ病であることを隠して依頼してしまうと、依頼を受けた弁護士や司法書士が真実に則した申立書を作成することができません。
また、うつ病に罹患している人の場合には、申立人の負担を極力少なくするよう裁判所に上申書で求めたり、弁護士や司法書士事務所での打ち合わせを軽減するなど、弁護士や司法書士事務所の方でもできる限りの対策をとるのが一般的ですが、うつ病であることを隠して依頼してしまうと、弁護士や司法書士としても一般の人と同じ応対をするほかなく、それが原因でかえってうつ病の症状を悪化させてしまう危険性も生じてしまうでしょう。
このように、うつ病であるにもかかわらず、うつ病であることを隠して依頼してしまうことは、自己破産の手続きがうまくいかないばかりか、自分の症状を悪化させる危険性もありますので、必ず相談の際に話をしておく必要があるといえます。
自己破産の申立書に医師の診断書を添付する
うつ病に罹患している人が自己破産の申立を行う場合には、出来る限り医師の診断書を添付することをお勧めします。
もちろん、自己破産の申し立ては弁護士や司法書士に依頼するのが通常ですので、経験の豊富な弁護士や司法書士であれば、申立人が希望しなくても病院で医師から診断書を発行してもらうよう指示されると思いますが、そうでない場合でも医師の診断書を添付する方が無難です。
なぜなら、裁判所としてもうつ病という病気に罹患している状況が医師の診断書によって判明している場合には、その症状を悪化させないため極力簡易な手続きで終わらせようとするからです。
うつ病の患者から自己破産の申し立てがあった場合に他の申立人と同じように厳しく追及してしまうと、うつ病の症状を悪化させて裁判官や書記官の責任問題にもなりかねません。
そのため、診断書でうつ病ということが明らかになっている場合には、裁判所も可能な範囲で簡略化して手続きを進めてくれることが多いのです。
たとえば、破産管財人を選任しない同時廃止の手続きで自己破産の手続きを勧める場合であっても、通常は裁判所で審尋(裁判官が申立人を面接して事情を聴取する手続)を行うため申立人を裁判所に呼び出して自己破産に至った事情などを聴取するのが一般的ですが、うつ病である旨の診断書を添付した場合は、この審尋が行われないことも多いです。
(※ただし、申立案件が複雑なケースであったり、申立人本人からどうしても事情を聴かなければないような問題のあるケースである場合には、うつ病であっても審尋がなされることはあると思います)
また、通常の案件では申立書の内容を補完するため裁判所から様々な書類の提出を求められることもありますが、うつ病の症状を悪化させる懸念があるからか、診断書を添付した場合には特段の補整(申立書の不備を補完させること)の指示なしに手続きが終了することも多くあります。
実際、私が過去に処理した案件でも、うつ病に関する診断書を添付した案件では、書記官からの補整の指示も一切なく、通常であれば必ず審尋を行う裁判所であったにもかかわらず(審尋を行うか行わないかは裁判所や裁判官によっても異なります)、審尋も実施されずに申し立てから3か月程度で手続きが終了したケースがあります。
このように、うつ病の患者が医師の診断書を添付することは必須ではありませんが、自己破産の申立書に診断書を添付することで手続きがスムーズに進むことが期待できますので、医師の診断書を添付できるのであれば添付しておいた方が何かと得をすることが多いと思います。
費用がない場合は法テラスの民事法律扶助を利用する
冒頭にも記載したように、うつ病に罹患している人は仕事も退職し収入が途絶えていることも多いでしょうから、そのような場合は弁護士や司法書士に相談する費用をねん出することも困難な場合があるかもしれません。
しかし、そのような場合であっても自己破産の申し立ては可能です。
なぜなら、法テラス(日本司法支援センター)の運営する民事法律扶助の制度を利用すれば、弁護士や司法書士の費用を全額立替えてもらえることができるからです。
法テラスの民事法律扶助を利用したい場合には、法テラスの主催する法律相談会に出席し、そこで相談に応じてくれる弁護士か司法書士にいらうを受けてもらうのが一般的です。
また、自分で探した弁護士や司法書士であっても、その事務所が法テラスと法律扶助契約を結んでいる事務所である場合には、法テラスの無料相談会に出席していなくても、その事務所で相談する際に民事法律扶助の申請をすることも可能です。
(※ちなみに、債務整理を扱っているほとんどの弁護士や司法書士の事務所は法テラスと法律扶助の契約を結んでいます)
民事法律扶助の立替払いを受けるためには法テラスの審査を受ける必要がありますが、収入や資産が全く無かったり、生活保護レベルの収入しかないような場合には、審査で落とされることはまずありませんので、収入がなくてもほとんどの場合は自己破産の申し立ては可能といえます。
ですから、「お金がないから」という理由で自己破産をあきらめる必要は一切ありませんので、自己破産を相談しようと思っている場合には、早急に最寄りの弁護士か司法書士、または法テラスに相談に行くようにしてください。
収入がない場合は生活保護の申請も考えるべき
うつ病が原因で、もしくは他の理由で収入が一切ないような場合、または健康で文化的な生活を送るだけの収入がないような場合には、生活保護の申請も考えるべきでしょう。
前述したように、うつ病に罹患している人はまず最初に医師の診断を受けることが不可欠ですが、収入がないことから医師の診察を受けることができずに症状を悪化させている人もいるかもしれません。
しかし、その状態を放置していても借金は減るばかりか増えていく一方でしょうし、うつ病の症状もより深刻になり回復がより困難になってしまう危険性もあるでしょう。
ですから、医師の診察も受けられないほど困窮している場合には、まず最初に生活保護の申請をすることも考えるようにしてください。
なお、市役所などで生活保護の申請が却下されているような状況であれば、弁護士や司法書士に相談して役所に同行してもらうなどすることで生活保護の申請が簡単に通ることもありますので、自己破産の相談と合わせて生活保護の申請についても相談してみるとよいでしょう。