借金の返済ができなくなった場合、最終的には裁判所に「自己破産」の申立てを行って「免責」を出してもらい、借金の返済義務から逃れることも考える必要があります。
もっとも、ここで問題となるのが、自己破産で借金を処理する場合、年収の何倍程度の借金がなければ自己破産の免責が認められないか、といった点です。
なぜなら、自己破産の手続きは借金の返済が「不能」になった人にのみ申立てが認められた手続きとなっていますから、借金の金額が年収と比較してそれほど高額にならない場合は、借金の返済が「不能」になっているとはいえず、任意整理や特定調停、個人再生など自己破産以外の手続きを利用して借金を処理しなければならないのではないか、という疑問が生じてくるからです。
では、実際に自己破産する場合には、年収の何倍程度借金がなければならないのでしょうか?
年収と借金額の比率は自己破産の手続きとは全く関係ない
結論からいうと、自己破産の手続きを行う場合に「年収の何倍以上借金がなければならない」とかいった基準は存在していません。
なぜなら、自己破産の手続きを規定した「破産法」という法律には、自己破産の手続きが開始される要件について「債務者が支払不能にあるとき」としか定められていないからです。
【破産法15条】
1項 債務者が支払不能にあるときは、裁判所は、第30条第1項の規定に基づき、申立てにより、決定で、破産手続を開始する。
2項 債務者が支払を停止したときは、支払不能にあるものと推定する。
この破産法15条1項の「支払不能」とは「借金の返済ができない状態」を言いますが、2項の方で「支払いを停止したとき」についても「支払い不能にあるものと推定」されることになっています。
ですから、「借金の返済ができない」状態か、もしくは借金の返済を「停止」した状態に陥っているのであれば、裁判所に対して自己破産の申し立てを行うことによって自己破産の手続きを進めることは可能といえます。
借金額が年収の半額程度しかなくても年収の1割ほどしかなくても「支払不能」に陥ってさえいれば自己破産の申し立てを行って裁判所から「免責」を受けることは可能なのですから、自己破産の手続きを行うのに「借金の総額」と「年収」の比率は全く関係ないということが言えるのです。
自己破産できるかの基準は、借金の残額を3年で分割弁済できる家計状況にあるか、という点で判断されるだけ
前述したように、自己破産の手続きが利用できるか否かは「支払不能」の状態にあるかないかといった点で判断されることになりますので、「借金の総額」と「年収」の比率は直接的には自己破産の手続きを利用できるかといった点に関係してくることはありません。
では、その「支払不能」かどうかはどうやって判断されるかというと、毎月の収入から毎月の支出を差し引いた余剰金から余裕をもって返済に回せる金額で残りの借金を3年程度で返済できるか、といった点で判断されます。
なぜなら、特定調停の手続きでは、債務者が負担しているすべての債務について将来利息や経過利息、遅延損害金などをすべてカットし、その残額を3年程度(36回払い)の分割で弁済する調停が結ばれることになるのが実務上の取り扱いとなっているからです。
任意整理の場合も特定調停の取り扱いに沿う形で原則3年間の分割弁済が組まれるのが普通ですから、「3年で残りの債務全額を分割弁済することができる」ような家計状況にある場合には「支払不能」ではないと判断されて、特定調停や任意整理で処理するよう裁判所から勧められる可能性があります。
ですから、「毎月の余剰金から借金の残額を3年で返済できる」ような家計状況にあるかないか、といった点が「自己破産できるか否か」の分岐点になるのであって、「年収がいくら」とか「借金の総額がいくら」とかいった基準で「自己破産の可否」が判断されるわけではないということが言えます。
「年収」がいくらあろうと、「借金の総額」がいくら少なかろうと、毎月の余剰金をもって3年程度で返済できないような負債を抱えているのであれば、自己破産の手続きを利用することは可能なのです。
たとえば、「年収が500万円」の会社員がいたとすると、年2回のボーナスを給料の2か月分と考えれば毎月の月収は30万円程度にしかなりません。
手取り額だと25万円程度にしかならないと考えられますが、仮にこの人の毎月の生活費が20万円必要だったとすると、毎月の余剰金は5万円程度にしかなりません。
この場合、その毎月の余剰金の5万円から余裕をもって借金の返済を行おうとすれば余剰金の50%~60%にあたる2~3万円程度が返済に回せる金額の上限となるでしょう。
そうすると、この3万円の返済原資で3年の分割弁済を考えた場合は「3万円×36回」の計算で108万円にしかなりませんので、総額が108万円を超えるような借金がある場合は自己破産でしか借金の整理ができない可能性も高いといえます。
このように、家計状況によっては、年収が500万円あったとしても100万円程度の借金で自己破産をしなければならない(逆に言えば、自己破産で借金を処理することができる)ケースはあるといえるのです。
最後に
このように、自己破産の手続きを利用できるか否かは、毎月の収入から毎月の生活費を差し引いた残額をもって残りの債務を3年程度で完済できるか、という点で判断されるにすぎません。
「自己破産は年収の〇倍以上借金がなければ申立てができない」とか、「年収が〇百万円以上ある人は自己破産できない」とかいったことはないのです。
ですから、「年収が多いから」とか「年収に比較して借金額が多くないから」といった理由で自己破産をあきらめたり、任意整理などで無理な返済計画を組んで借金を処理したりしないように注意が必要です。
「自己破産できるかできないか」で迷ったときは、早めに弁護士や司法書士に相談し、適切な対処を取ることが重要と言えるでしょう。