自己破産は借金の返済義務を免除(免責)してもらう手続きであると同時に、債務者の資産(財産)と負債(借金)を清算する手続きでもありますから、自己破産を申し立てる債務者に一定の資産(財産)がある場合には、自由財産として保有が認められるものを除いてすべて裁判所に取り上げられ、債権者への配当に充てられるのが原則的な取り扱いとなります。
そのため、自己破産を予定している人にとっては、具体的にどの資産(財産)が取り上げられ、または取り上げられないのかという点が特に重要な関心ごとになるわけですが、そこで問題となるのが、自己破産を予定している債務者が”かつら(ウィッグ)”を着用している場合です。
といっても、裁判所における審問や債権者集会の際に「カツラを取れ!」と指導されるかというような下世話な話ではありません。
被っている「カツラ」が自己破産の手続きで「資産(財産)」として判断されることで裁判所に取り上げられることがあるのか、という話です。
「カツラ」に資産価値があるか否かは判断がわかれるところかと思われますが、「カツラ」といっても市販品の安物からオーダーメイドの品物など、数千円から数十万、中には数百万円以上するものまで様々なものがあります。
そうすると、そのような高額な商品を自由財産として自己破産する人に保有を認めてよいものなのか、という疑問が生じてしまうので問題になるわけです。
では、実際の自己破産の手続きでは、被っている「カツラ」はどのように扱われるのでしょうか?
自己破産の手続き上「カツラ」が資産価値があると判断されて裁判所に取り上げられることがあるのでしょうか?
ケガや病気等の理由により使用している”かつら(ウィッグ)”の場合は取り上げられないものと考えられる
人がカツラを使用する理由は様々あると思いますが、その自己破産する人の使用している「カツラ」が、ケガや病気を原因とした後遺症・副作用等を理由としているものである場合には、たとえその「カツラ」が高額なもので資産価値があると判断されるものであったとしても、自己破産の手続き上で取り上げられることはないものと考えられます。
なぜなら、ケガや病気の後遺症等で着用しているカツラであれば、そのカツラはその人にとって障害者が使用する義手や義足と同じように日常生活に必要不可欠な器具ということが言えますので、民事執行法第131条13号に挙げられた「債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物」と同様なものとして「差し押さえ禁止財産」と判断されることになるものと考えられるからです。
第1項の規定にかかわらず、次に掲げる財産は、破産財団に属しない。
1号(省略)
2号 差し押さえることができない財産(省略)
(以下、省略)
次に掲げる動産は、差し押さえてはならない。
第1~12号(省略)
第13号 債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物
第14号(以下省略)
着用しているカツラが「差し押さえ禁止財産」と判断されれば自己破産の手続きで債権者への配当原資となる「破産財団」には組み込まれないものとして取り扱われることになりますから(破産法第34条3項2号)、ケガや病気の後遺症で着用しているカツラについては自己破産の申し立てを行っても裁判所に取り上げられることはないといえます。
おしゃれ用のウィッグなどでは取り上げられる場合もある
このように、ケガや病気の後遺症のために着用している”かつら(ウィッグ)”については、そもそもが「差し押さえ禁止動産(財産)」と判断されるため自己破産の手続きにおいて裁判所に取り上げられることはありませんが、おしゃれ用として使用するウィッグなどの場合は取り上げられる可能性は十分にあると考えたほうがよさそうです。
おしゃれ用のウィッグでは、先ほど挙げた「債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物」と判断されないでしょうから「差し押さえ禁止動産(財産)」としての利益は享受できませんので、その他の動産と同様に、資産価値があるかないかで裁判所に取り上げられるか否かが判断されることになるでしょう。
この点、自己破産の手続きでは「現金」については99万円まで、「現金以外の財産」については20万円までが自由財産として保有することが認められていますが、その金額を超える資産(財産)についてはすべて裁判所に取り上げられて債権者への配当に充てられるのが原則的な取り扱いとなっています。
(※なぜ「現金以外の財産」で20万円が基準になるかは→自己破産ではどんな場合に管財事件になるの?)。
そのため、そのウィッグを中古品市場で販売した場合の買取価格が20万円以上あるようなケースでは、その”かつら(ウィッグ)”は裁判所に取り上げられてしまうことになるものと考えておいた方がよいかもしれません。
ただし、仕事で使用するものについては取り上げられない場合もある
もっとも、そのカツラ(ウィッグ)が仕事の道具として使用されている場合には取り扱いが異なります。
なぜなら、仕事で必要となる道具等については「その業務に欠くことができない器具その他の物」として民事執行法で「差し押さえ禁止動産(財産)」とされていますので(民事執行法第131条6号)、先ほど挙げた「債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物」と同様に、自己破産の手続きでは債権者への配当原資となる「破産財団」には組み込まれないものとして取り扱われることになるからです(破産法第34条3項2号)。
次に掲げる動産は、差し押さえてはならない。
第1号~5号(省略)
第6号 技術者、職人、労務者その他の主として自己の知的又は肉体的な労働により職業又は営業に従事する者(前二号に規定する者を除く。)のその業務に欠くことができない器具その他の物(商品を除く。)
第7号(以下省略)
ですから、着用している”かつら(ウィッグ)”が仕事上必要不可欠なものである場合(例えばモデルのかつらであったり、役者やサーカス、大道芸人、パフォーマーなどが着用するカツラなど)には、そのカツラは大工のカンナや鋸、料理人の包丁などと同じ「差し押さえ禁止動産(財産)」と判断され、自己破産の手続きで取り上げられることはないのではないかと思います。
ただし、この点の判断は裁判官や破産管財人の判断にゆだねられるのが通常ですので、その判断次第では取り上げられることもあるかもしれませんので注意が必要です。
どうしても取り上げられたくない”かつら(ウィッグ)”がある場合は自由財産の拡張の申し立てが必要
なお、以上のように、”かつら(ウィッグ)”の用途によっては裁判所に取り上げられたり取り上げられなかったりすることがあるものと考えられますが、仮に自己破産の手続きで「資産(財産)」と判断され取り上げられる資産(財産)があった場合であっても、自己破産の手続きでは裁判官の判断によって特別に自由財産としての保有を認める「自由財産の拡張」の制度が設けられています(破産法第34条4項)。
裁判所は、破産手続開始の決定があった時から当該決定が確定した日以後一月を経過する日までの間、破産者の申立てにより又は職権で、決定で、破産者の生活の状況、破産手続開始の時において破産者が有していた前項各号に掲げる財産の種類及び額、破産者が収入を得る見込みその他の事情を考慮して、破産財団に属しない財産の範囲を拡張することができる。
ですから、たとえばどうしても取り上げられたくない高額(20万円を超える)な”おしゃれ用のかつら(ウィッグ)”などがある場合には、自己破産を依頼する弁護士や司法書士にその必要性を十分に説明して理解してもらい、自由財産の拡張の手続きを行ってもらう必要があるでしょう。
かつら(ウィッグ)のローンを返済中に自己破産する場合
以上とは異なり、その使用しているカツラ(ウィッグ)がローンで購入したものであって、そのローンが完済される前に自己破産する場合には、上記とは全く別の取り扱いを受けることになるので注意が必要です。
なぜなら、ローンで購入した商品は、そのローンが完済されるまでの間、その所有権がローン会社や販売店に留保されるのが通常で、ローン完済前に支払いが停止された場合には、ローン会社や販売店がその所有権に基づいて、自己破産の手続きとは別に独自の判断で引き揚げて売却し、その売却代金をローンの残金に充当してしまうことになるからです。
(※この場合、ローン会社や販売店はあくまでも「所有権」に基づいて引き揚げるだけであって裁判所の差し押さえ手続きで取り上げるわけではありませんので先ほど述べた「差し押さえ禁止財産」の規定は問題になりません)
ですから、もし仮に着用しているカツラ(ウィッグ)がクレジット会社のローンを利用して購入したものであって、そのローンを完済する前に自己破産の手続きを開始する場合には、ローン会社や販売店が事前にそのカツラ(ウィッグ)を所有権に基づいて引き揚げて中古品市場で売却することになる可能性があるので注意が必要でしょう。
もっとも、おしゃれ用のウィッグならともかく、それ以外の一般的な用途としての”かつら”の場合には、その使用者の頭部の形状に合わせて特別に作られたものが多いのが実情だと考えられますので、そのような器具類については中古品市場に出品しても値段が付かないため、ローン会社や販売店がその”かつら”の「所有権」を放棄して引き揚げを行わないケースが比較的多いのではないかと思われます。
最後に
以上のように、”かつら(ウィッグ)”といってもその用途によっては自己破産の手続き上で「資産(財産)」と判断されたりされなかったり微妙に取り扱いが異なりますし、ローンで購入したものの場合にはローン会社や販売店に所有権が留保されるため、また別な取り扱いを受けることがありますので、その取り扱いには慎重な判断が求められるといえます。
なお、以上で説明したように、カツラ(ウィッグ)に関しては「おしゃれ用のウィッグ」以外では資産価値がないと判断されるのがほとんどですし、ケガや病気の後遺症で使用する場合はそもそも差し押さえ禁止財産として破産財団には含まれないわけですから、自己破産の手続きを依頼する弁護士や司法書士に「私はカツラ(ウィッグ)を使用しています」とあえて告知する必要性はないのではないかと私は個人的に考えています。
しかし、”かつら(ウィッグ)”の用途やその価格によっては裁判所や破産管財人に「資産(財産)価値がある」と判断されるケースもゼロではないと思いますので、弁護士や司法書士に「私はカツラ(ウィッグ)を使用しています」と告知するかしないかはご自身の責任で判断してもらうしかないのかな、とも思います。