時効の援用で借金を解決できる場合とできない場合

長期間返済や借り入れをしていない借金については最後の取引(借入又は返済)の時から5年もしくは10年が経過していれば時効(消滅時効)を援用することによってその借金の返済を逃れることが可能となります。

しかし、消滅時効はいかなる場合でも有効に援用できるわけではなく、一定の場合には援用が制限を受け、借金の返済から逃れることができないケースもあります。

では、具体的にどのような場合に消滅時効の援用ができ、具体的にどのようなケースで時効の援用が制限されてしまうのでしょうか?

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時効を援用することができる期間

消滅時効の援用の可否を考える前提として、何年以上返済や借り入れなどの取引を行っていない場合に時効の援用ができるかという点を理解しておく必要があります。

この点、消滅時効の援用については、その対象となる借金の相手方が「商行為」として貸し付けている場合には「5年」、そうでない場合には「10年」と異なっていますので注意を要します。

「商行為」の定義は難しいのでこのページでは詳述しませんが、簡単にいうと商売として貸し付けられている借金は商行為としての時効期間で、そうでない借金については一般的な時効期間で判断されることになります。

5年で消滅時効が援用できる借金

例えば、銀行のカードローンや消費者金融など貸金業者、クレジット会社のキャッシングについては「商行為」となりますので最後の取引日(最後の借入日または最後の返済日)から「5年」で消滅時効の援用が可能となります(商法第522条)。

【商法第522条】

商行為によって生じた債権は、この法律に別段の定めがある場合を除き、五年間行使しないときは、時効によって消滅する。(但書省略)

ただし、クレジット会社の貸付でも、商品の購入代金やバス・列車・航空機などの運賃、ホテルなどの宿泊代金などの決済をカード払いにした場合に立て替えられる立替金等の借金についてはその立替金の対象となっている商品によって、商品の購入代金については「2年(民法第173条1号)」、バスや列車・航空運賃および宿泊代金については「1年(民法第173条1号および4号)」で消滅時効期間が到来すると考えるのが一般的ですので、これらクレジットカードの立替金については5年よりも短い2年または1年間弁済を全くしていない場合には消滅時効の援用が出来るものと理解しておいた方が良いでしょう(※ただし、これら短期消滅時効が適用されるのはクレジット加盟店の利用者に対する債権がクレジット会社に債権譲渡される契約であるものに限られます→クレジット・サラ金処理の手引4訂版:東京・第一・第二弁護士会編著:104頁参照)。

10年で消滅時効が援用できる借金

ア)個人からの借り入れ、奨学金など

一方、奨学金や個人からの借り入れ(例えば友人からの借金)についてはたとえその借金に利息が付いていたとしても商行為とはなりませんから、民法上の時効期間が適用されると考えられます。

したがって、これら商行為以外の借金については最後の取引から10年が経過しなければ消滅時効の援用ができないと考えられます(民法167条1項)。

【民法167条1項】

債権は、十年間行使しないときは、消滅する。

イ)信用金庫や信用組合からの借金

なお、信用金庫や信用組合からの借り入れについては争いがありますが、過去の判例では信用金庫や信用組合は「商法上の商人にはあたらない」と判断されているようですので(※信用金庫の場合→最高裁昭和63年10月18日、信用組合の場合→最高裁昭和48年10月5日)、信用金庫や信用組合からの借金については一般の債権として最後の取引から10年が経過しなければ時効の援用はできないものと考えられています。

ただし、信用金庫や信用組合の貸付であっても営業的商行為(商法第502条8号)に該当し時効期間を5年とする裁判例もあるようですので(クレジット・サラ金処理の手引4訂版:東京・第一・第二弁護士会編著:103頁参照)、信用金庫や信用組合からの借金に関する時効期間は5年と10年で争いがあると理解しておく方が良いかもしれません(※この点は依頼する弁護士または司法書士の判断に任せるほかありません)。

もっとも、信用金庫や信用組合などからの借入であっても、借入を行った側が会社(企業)であったり個人事業主で、かつ、事業資金として借り入れているような場合には「商行為」となりますので商法が適用されることになり「5年」の時効期間が適用されることになるものと解されます(最高裁昭和48年10月5日)。

ウ)裁判で判決を取られた借金

なお、5年の消滅時効が適用される借金であっても、債権者から裁判などを提起され判決などを取られているものについてはその判決が確定された日から10年が経過しなければ消滅時効を援用することはできなくなりますので注意が必要です(民法第174条の2 第項)。

【民法第174条の2第1項】

確定判決によって確定した権利については、十年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、十年とする。裁判上の和解、調停その他確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利についても、同様とする。

以上をまとめると以下のようになります

  • 5年で時効が援用できるもの……銀行のカードローン、消費者金融のキャッシング、クレジット会社のローンなど
  • 10年で時効が援用できるもの……個人からの借り入れ、奨学金、信用金庫からの借金、信用組合からの借金(※ただし個人事業主などが事業資金として借り入れたものを除く)、判決などを取られた借金など

時効を援用する方法

前述したように、最後の取引日(最後の借入日または最後返済日)から5年もしくは10年を経過している場合には時効の援用を行うことによって債務の返済から逃れることが可能ですが、この時効の援用は後日の争いを避けるために、証拠として保存することができるよう内容証明郵便で行うのが通常です。

時効の援用に関する内容証明郵便は自分で作成した文書を債権者に送付しても構いませんが、文章に誤りがあったりすると後あと面倒になりますので弁護士または司法書士に相談して内容証明郵便を送ってもらう方が確実だと思います。

時効の援用が制限される場合

前述したように、貸金業者などからの借金については最後の取引(最後の借入日または最後の返済日)から時効期間の5年(信用金庫などからの借金は原則10年)が経過すれば消滅時効を援用することによって債務の返済から逃れることが可能です。

しかし、5年や10年の時効期間が経過した場合であっても、その時効期間中に次のような事実があった場合には、消滅時効の援用はできなくなるので注意が必要です。

(1)債権者から裁判や差押えをされている場合

上記の時効期間が経過している場合であっても、最後の取引日(最後の借入日または最後の返済日)から5年または10年が経過するまでの間に、債権者から裁判を起こされていたり差押えなどを受けているような場合には、時効の期間が「中断」してしまいます(民法147条1号2号)。

時効期間が「中断」されてしまうと、更にその中断した日から再度時効期間か起算されることになりますので、その中断した日から更に5年または10年の時効期間が経過しない限り、消滅時効を援用することはできないことなります。

たとえば、2015年の1月1日に貸金業者から1万円を借り入れ行い同年の6月30日まで借入と返済を繰り返していたとすると、最後の取引日である2015年6月30日から5年が経過した2020年の6月30日で時効期間が満了しますが、たとえば2020年の4月1日にその債権者である貸金業者から差押えを受けていた場合には、2020年の4月1日で時効は中断されますので、2020年4月1日から更に5年が経過しない限り時効の援用はできないことになります。

(2)時効期間満了”前”に「債務の承認」をしている場合

また、時効期間経過前に「債務の承認」をしている場合も時効が中断されその援用が制限されるので注意が必要です(民法147条3号)。

「債務の承認」の態様としては債務の存在を認めることが代表的な例として挙げられますが、それ以外にも債権者からの請求に応じて返済をしてしまった場合なども「債務の承認」として時効期間が中断することになります。

時効期間が中断した場合には、前述したように更にその中断した日から再度時効期間か起算されることになりますので、その中断した日から更に5年または10年の時効期間が経過しない限り消滅時効を援用することはできないことなります。

例えば、2015年の1月1日に貸金業者から1万円を借り入れ行い同年の6月30日まで借入と返済を繰り返していたとすると、最後の取引日である2015年6月30日から5年が経過した2020年の6月30日で時効期間が満了しますが、時効期間が満了する前の2020年の4月1日にその債権者である貸金業者から「借金の返済をしてください」と請求を受け、4月2日に借金の一部の返済をしてしまった場合には、2020年の4月2日の時点で時効は中断されますので、2020年4月2日から更に5年が経過しない限り時効の援用はできないことになります。

(3)時効期間満了”後”に「時効援用権の放棄」をしている場合

(1)と(2)で説明したように、5年もしくは10年の時効期間が経過する「前」に「事項の中断事由」となるような「裁判」や「差押え」または「債務の承認」と認められるような行為があった場合には、時効が中断することになり、時効の援用が認められなくなってしまいますが、時効期間が経過した「後」であっても消滅時効の援用が制限される場合があります。

「時効援用権の放棄」と呼ばれる行為がそれで、たとえ5年もしくは10年の時効期間が満了し、消滅時効を援用できる状況になっていたとしても、その時効を援用する前に「時効の援用権を放棄」したと認められるような行為(たとえば債務の一部の弁済)があった場合には、「時効を援用することができる」という権利を喪失してしまい、消滅時効の援用ができなくなってしまうのです。

5年もしくは10年の時効期間が経過した後に債務者側から弁済がなされた場合には債権者の側としても「もうこれ以降時効が援用されることはないだろう」という期待が発生することになります。

そのため、債務者だけでなく債権者側の期待も保護する必要が生じることになりますから、「時効が完成したのに債務者が自ら弁済をして時効の援用権を放棄した」と認定して、債務者がいったん取得した時効の援用権を喪失させるのです。

過去の裁判例でも「債務者が、自己の負担する債務について時効が完成したのちに、債権者に対し債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかったときでも、爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されない」と判断して時効期間経過後に債務の一部を弁済した債務者について時効の援用権行使が否定されています(最高裁昭和41年4月20日)。

ただし、その時効の援用権の放棄となるような弁済があった時から更に5年ないし10年の時効期間が経過した場合には、消滅時効の援用は認められることになります(最高裁昭和45年5月21日)。

このように、5年または10年の時効期間がが経過し消滅時効の援用ができる状態になったとしても、債務の一部を弁済してしまった場合には「時効援用権の放棄」として時効の援用が認められなくなってしまいますので注意が必要です。

債権者によっては、債務者の無知に乗じて時効期間の満了した債務者に対して請求を行い、僅かな金額の弁済を迫って少額の弁済をさせ、「時効援用権の放棄」をさせたうえで債務の請求をするという事例があるようです。

ですから、長い期間借り入れや返済などの取引がない債権者から請求が来た場合には、「少しぐらいの返済なら…」と安易に弁済したりせずに、弁護士や司法書士に相談して時効の援用ができないか確認することも覚えておく必要があるでしょう。

※ただし、時効完成後に債務の一部を弁済した場合であっても、弁済した回数が少なかったり、弁済した金額が債務残高と比較して極端に少額であったり、債権者が時効期間が満了していることを知りながら執拗に債務の弁済を迫ったり、もしくは債務者を欺罔したり困惑させたりして債務の一部を弁済させたような場合には「時効援用権の放棄」や「債務の承認」には該当せず消滅時効の援用が認められるケースもありますので誤解のないようにしてください。

▶ 時効完成後に債務の一部を弁済してしまった場合