自己破産の前に名義変更すれば不動産を没収されなくて済む?

自己破産の手続きは債務者(自己破産の申立人)の負担している債務の返済義務を「免除(免責)」するためだけではなく、その債務者の債務とその保有している資産を「清算」する手続きでもあります。

そのため、自己破産を申し立てする時点で債務者に何らかの資産(財産)があれば、自由財産として保有が認められるものを除いてすべて裁判所に取り上げられて売却され、その売却代金が債権者への配当に充てられるのが原則的な取り扱いとなっているのです。

ところで、自己破産をしなければならないほど借金が膨らんでしまう人の中には、土地や建物などの不動産を所有している人も少なくありません。

そのような人が自己破産する場合には当然、その土地や建物などの不動産は裁判所に取り上げられて売却されることになるのは避けられないのですが(※その土地や建物が買い手がつかないような物件の場合は別ですが…)、中には「どうせ取り上げられるんだったら自己破産前に他の家族に名義を書き換えておこう」と考えて、不動産の名義変更手続きを強引に進めようとする人もいたりするのが実情です。

では、実際のケースでそのような名義変更は認められるのでしょうか?

自己破産の手続き前に不動産の名義を書き換えてしまえば、たとえ自己破産したとしても裁判所に取り上げられなくて済むことになり、いわゆる「資産隠し」も可能になってしまうため問題となります。

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「原因」のない不動産の名義変更はそもそもできない

自己破産の申し立てる前に不動産の名義を書き換えてしまうことができるか、という問題を考える前に、そもそも不動産の名義を自由に書き換えることができるのか、という点を考える必要があります。

なぜなら、不動産の名義を自由に書き換えることができないのであれば、そもそも自己破産の申し立て前に不動産の名義を他の家族などに変更することができないことになりますから、資産隠し云々の問題も生じないからです。

この点、不動産の名義を変更するための不動産登記の手続きでは、名義が変更される基になる「原因」がない限り、そもそも不動産の名義(所有者)を変更することができない取り扱いになっています。

法務局に保管されている不動産登記簿は、不動産がどのような「原因」によって所有者に変遷がなされてきたかという点をすべて保存しておかなければなりませんので、不動産の名義を変更する場合には、その変更の理由となる「原因」がない限り名義人の書き換えを認めていないのです。

たとえば、その不動産を「売買」によって取得した場合には「売買」と、その不動産を「贈与」によって取得した場合には「贈与」といった具合に、その所有者名が変更されるもとになった「原因」がなければ、そもそも名義変更自体出来ないのです。

ですから、自己破産の前に「裁判所に取り上げられるのは嫌だから家族の名前に変えておこう」と考えたとしても、ただ単に所有者の名義を「AからBへ」と簡単に変更することはできないということは、まず覚えておいてもらいたいとおもいます。

「原因」をでっちあげて名義変更するのは無効(違法)

このように、登記簿に記載された所有者の名義を変更する場合には、その変更のもとになった「原因」がなければならないので、「原因」もないのに勝手に「AさんからBさんへ」といった名義変更ができるわけではないのが実情です。

もちろん、本来は「売買」や「贈与」等の原因が生じていないにもかかわらず、そういった原因が「あった」と虚偽の申告をしたり、「錯誤(勘違いで名義人を登記簿に登記してしまったような場合)」があったと虚偽の理由をでっちあげて名義変更することも、やろうと思えばやれないことはないかもしれません。

しかし、そのような行為自体が無効で違法な手続きとなりますから、常識的に考えれば、自己破産の申し立て前に不動産の名義を書き換えることはできないものと考えておいた方がよいでしょう。

実際に「売買」や「贈与」を行って名義を書き換えることができるか?

では、実際に「売買」や「贈与」など、所有権者の名義に変更が生じるような「原因(登記原因)」になる行為を真実に行って名義を書き換えた場合はどうでしょう?

先ほどのべたように、実際に「売買」や「贈与」をした事実がないのにその「体」を装って名義変更の登記(実際には移転登記)を行うことは無効(違法)になるわけですが、実際に「売買」や「贈与」を行って名義を書き換えてしまうことはできるでしょうか?

たとえば、自己破産する予定のAさん名義の土地がある場合に、Aさんがそのまま自己破産してしまうとその土地を裁判所に取り上げられてしまうため、自己破産を申し立てる前にAさんから妻のBさんにその土地を「贈与」して、AさんからBさんに名義を変更するようなことは認められるでしょうか?

このような場合には、先ほどの場合と異なり、「贈与した体」を装うのではなく、実際に「贈与」してしまうことになりますので、登記に必要な「原因」となる事実は存在することになり、「贈与」を登記原因として名義変更(移転登記)ができるのではないか、という点が問題となるのです。

この点、そのように「贈与」や「売買」などが実際の取引として行われ、真実に「贈与」や「売買」といった原因が生じて名義が変更されている場合には、その「登記手続」としてはもちろん有効になります。

「贈与」や「売買」などの取引が実際に行われているのであれば、その取引原因によって実態上の所有権が移転することになりますので、「贈与」や「売買」を原因とした移転登記(名義人の変更)を認めても差し支えありませんし、登記制度としてはむしろ名義の変更を認めなければならないからです。

ただし、後述するように、自己破産の申し立てを行う債務者が「贈与」や「売買」を行って自分が所有者となっている不動産を譲渡する行為自体が、自己破産の手続き上で様々な問題を生じさせることになります。

仮に名義を変更できたとしても免責不許可事由に該当し、免責が受けられなくなる

以上で説明したように、土地や建物などの不動産の名義を変更する場合には、名義を変更するための「原因」が必要ですので、「贈与」や「売買」、「錯誤」などの事実が実際に存在しない場合には、そのような事実があったと仮想して虚偽の登記を行わない限り、不動産の名義を変更することはできないことになりますが、実際に「贈与」や「売買」という取引行為を行って実態上の所有権名義人に変更を生じさせる場合であれば、名義人の変更は登記手続き上有効になしえることになります。

しかし、「贈与」や「売買」「錯誤」などの原因を仮想して登記名義人を変更する場合であっても、実際に「贈与」や「売買」を行って実態上有効に所有権を移転させ有効に所有者名義を変更させた場合であっても、そのような名義人の変更(移転)は自己破産の手続きでは問題を生じさせます。

なぜなら、破産手続きでは、自己破産の申立人が「財産の隠匿」を行ったり、「財産(破産財団)の価値を不当に減少させる行為」を行ったり、裁判所の調査に「虚偽の説明」をしたり、「破産管財人の職務を妨害」したりする行為が免責不許可事由として規定されており、そういった不動産の名義を変更した事実があったことが原因で、免責(借金の返済義務が免除されること)が受けられなくなってしまう可能性が極めて高いからです。

【破産法252条1項】

裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
一 債権者を害する目的で、破産財団に属し、又は属すべき財産の隠匿、損壊、債権者に不利益な処分その他の破産財団の価値を不当に減少させる行為をしたこと。
二~七(省略)
八 破産手続において裁判所が行う調査において、説明を拒み、又は虚偽の説明をしたこと。
九 不正の手段により、破産管財人、保全管理人、破産管財人代理又は保全管理人代理の職務を妨害したこと。
十(以下省略)

(1)「財産の隠匿」にあたる問題

債務者(自己破産の申立人)が自己破産の申し立てを行う前にその所有する不動産の名義を自分以外の名義に変更させた場合には、それが虚偽の原因を仮想したものであったか、実際に「贈与」や「売買」を行って実態上所有権が移転したものであったかにかかわらず、免責不許可事由にあたる「財産の隠匿」の問題を生じさせます。

なぜなら、自己破産を申し立てる債務者が、その所有している不動産の名義を他人のものに変更させた場合には、その原因が虚偽に基づく実体のないものであろうと、実際に贈与や売買がなされて実態上の所有権が移転したものであろうと、その不動産の所有者名義が変更されることによってその不動産は裁判所に取り上げられないことになってしまうからです。

「財産の隠匿」と判断されれば当然、自己破産の目的である免責が受けられなくなってしまうわけですから、それが登記原因を仮想した虚偽のものである場合だけでなく、実際に贈与や売買などを行って実態上の所有権が移転して登記原因が実際に生じさせるものであったとしても、自己破産の申し立てを行う前に所有者名義を移転(変更)させてはならないといえるのです。

(2)「財産(破産財団)の価値を不当に減少させる行為」にあたる問題

また、同様に、債務者(自己破産の申立人)が自己破産の申し立てを行う前にその所有する不動産の名義を自分以外の名義に変更させた場合には、それが虚偽の原因を仮想したものであったか、実際に「贈与」や「売買」を行って実態上所有権が移転したものであったかにかかわらず、免責不許可事由にあたる「財産(破産財団)の価値を不当に減少させる行為」の問題を生じさせます。

なぜなら、自己破産を申し立てる債務者が、その所有している不動産の名義を他人のものに変更させた場合には、その原因が虚偽に基づく実体のないものであろうと、実際に贈与や売買がなされて実態上の所有権が移転したものであろうと、その不動産という財産が形式的には自己破産の申立人の資産から離脱してしまうことになり、その分の資産が債務者の資産から「減少」してしまうことになるからです。

名義の変更が「財産(破産財団)の価値を不当に減少させる行為」と判断されれば当然、免責は受けられなくなってしまいます。

(3)「虚偽の説明」をしたことになる問題

自己破産の申立人である債務者が自己破産の申し立て前にその所有する不動産の名義を他人の名義に変更させた場合には、裁判所に対する「虚偽の説明」という免責不許可事由の問題を生じさせることも考えなければなりません。

この点、自己破産の申し立て前に真実に「贈与」や「売買」をして自分が所有している不動産を譲り渡した場合には、実態上も所有権が移転していることになりますので、その通りの説明を裁判所に行った場合には「虚偽の説明」には当たらないものと解されます。

しかし、仮に実際には「贈与」や「売買」をした事実がないにもかかわらず、それがなされたものと仮想して登記名義人の変更(移転登記)を行ったうえで、その実際には「贈与」や「売買」をした事実がないにもかかわらず、裁判所に対して「実際に贈与(又は売買)をしました」と説明してしまった場合には、その説明は「虚偽の説明」ということになるでしょう。

「虚偽の説明」があったと裁判所に判断されれば当然、免責不許可事由にあたるものとして免責が認められなくなるのですから、実際に「贈与」や「売買」、あるいは「錯誤」の事実がなかったにもかかわらず、それがあったものと仮想して登記名義人を変更(移転登記)するようなことは絶対にすべきではないといえるのです。

(4)「破産管財人の職務を妨害」することになる問題

以上の他にも、債務者(自己破産の申立人)が自己破産の申し立てを行う前にその所有する不動産の名義を自分以外の名義に変更させた場合には、「破産管財人の職務を妨害」したものとして免責不許可事由の問題を生じさせることも認識しておくべきでしょう。

なぜなら、先に述べた(1)や(2)の場合と同じように、自己破産を申し立てる債務者が、その所有している不動産の名義を他人のものに変更させた場合には、その原因が虚偽に基づく実体のないものであろうと、実際に贈与や売買がなされて実態上の所有権が移転したものであろうと、「本来であれば裁判所に取り上げられてしまう不動産を故意に隠匿して取り上げられないようにした」という事実には変わりないからです。

「本来であれば裁判所に取り上げられてしまう不動産を故意に隠匿して取り上げられないようにした」という事実は、裁判所や破産管財人を欺く行為に他なりませんから、その虚偽の申告や仮想された取引、あるいは資産隠しを目的とした贈与や売買などの行為を行ったことが原因となって、破産管財人の調査が複雑なものとなり、余計な手間暇をかけさせる結果につながります。

そうすると、その調査などに費やす時間や労力の分だけ「破産管財人の職務を妨害」させることになりますから、免責不許可事由として後で問題を生じさせてしまうのです。

※破産管財人や裁判所(裁判官)の調査で必ずバレる

なお、裁判官や破産管財人に対して、名義の変更をしたことがバレないように手続きを進めれば大丈夫だろう、と考える人がいるかもしれませんが、それはほぼ不可能です。

確かに、名義を変更した不動産に関係する書類を一切提出しなければ、申立書の記載上は名義を変更する前の不動産が書類上明らかではありませんから、裁判官や破産管財人が調査の段階で「不動産の名義が変更されて資産が減少したこと」に気づかない可能性はあるでしょう。

しかし、どのように「名義変更の事実」を隠そうとしても、他の書類などのどこかに何らかの痕跡が残されるのが普通ですし、家族や親類に関係する資料を確認する際に資産隠しの事実が明らかになるのは避けられないのが通常です。

また、そもそもそのような資産隠しをしようと考えても、自己破産の依頼を受けた弁護士や司法書士が申立書を作成する段階でバレてしまうのが普通ですから、手続きを依頼する弁護士や司法書士を欺いたうえで、裁判所の書記官や裁判官、破産管財人のすべてを騙しとおせるほど完璧に名義変更を行うのはまず不可能と考えたほうが無難です。

いくらうまく名義変更を行っても、手続きの途中でバレてしまうのは間違いありませんから、無駄な名義変更などしない方が賢明でしょう。

詐欺破産罪にあたる可能性

自己破産の申し立て前に所有する不動産の名義を変更させる行為は、破産法で禁止された「詐欺破産罪」にあたり、刑事責任を問われる可能性があることも注意しておかなければならないでしょう。

自己破産の手続きでは、自己破産の申立人が所有する財産を「隠匿」したり、その財産を「債権者の不利益に処分」したりすることが、「詐欺破産罪」として懲役もしくは罰金刑という刑罰を設けることによって禁止されています(破産法265条1項)。

【破産法265条1項】

破産手続開始の前後を問わず、債権者を害する目的で、次の各号のいずれかに該当する行為をした者は、債務者(中略)について破産手続開始の決定が確定したときは、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。(中略)。
一 債務者の財産(省略)を隠匿し、又は損壊する行為
二 債務者の財産の譲渡又は債務の負担を仮装する行為
三 債務者の財産の現状を改変して、その価格を減損する行為
四 債務者の財産を債権者の不利益に処分し、又は債権者に不利益な債務を債務者が負担する行為

この点、先ほども述べたように、自己破産を申し立てる債務者が、その所有している不動産の名義を他人のものに変更させた場合には、その原因が虚偽に基づく実体のないものであろうと、実際に贈与や売買がなされて実態上の所有権が移転したものであろうと、「本来であれば裁判所に取り上げられてしまう不動産を故意に隠匿して取り上げられないようにした」という事実には変わりないことになりますので、その事実は財産を「隠匿」したという疑いをかけられてしまうことは避けられません。

また、仮にその不動産を家族や親族に「贈与」したり、本来の査定価格よりも低い値段で「売却」したような場合には、その失われる資産価値の分だけ「債権者の不利益に処分」したと問題にされてしまうでしょう。

このように、自己破産の申し立て前に所有している不動産の名義を変更する行為は、それ自体が「詐欺破産罪」として刑事責任を問われる可能性のある危険な行為となりますので、絶対にしてはならないといえるのです。

最後に

以上のように、自己破産の申し立て前に所有する不動産の名義を変更させる行為は、「財産の隠匿」や「資産価値の減少」といった問題を生じさせ、免責不許可事由に該当することによって免責が受けられなくなったり、詐欺破産罪として刑事責任を問われる可能性のある危険な行為といえます。

ですから、もし仮に土地や建物などの不動産を所有している状態で自己破産の申し立てを検討している場合には、「裁判所に取り上げられないようにしよう」などと不正な考えを持つのではなく、速やかに弁護士や司法書士に相談して不動産を保有し続ける方法がないか(例えば個人再生を利用できないかなど)など、十分な検討を重ねて適切な対応を取ることが何よりも重要といえるのです。