消費者金融などの貸金業者やクレジット会社などから借り入れた借金については、最後の取引日(最後の借入日または最後の返済日)から「5年」で(商法第522条)、またそれ以外の例えば友人から借りた借金などは「10年」で(民法167条1項)消滅時効が完成することになります。
消滅時効の時効期間が満了すれば、債権者に対して時効の援用を行うことによりその借金は消滅することになりますが、時効期間が経過した後に「債務の一部を弁済」してしまった場合には「時効の援用権の放棄」と認定され、その債務の一部の弁済があった時から更に5年もしくは10年の時効期間が経過しない限り、時効の援用はできなくなります(最高裁昭和41年4月20日、最高裁昭和45年5月21日)。
例えば、2015年の1月1日に貸金業者から1万円を借り入れ行い同年の6月30日まで借入と返済を繰り返していたとすると、最後の取引日である2015年6月30日から5年が経過した2020年の6月30日で時効期間が満了しますが、時効期間が満了した2020年の7月1日以降に債権者である貸金業者から「借金の返済をしてください」と請求を受けたため、借金の一部を返済してしまった場合には、「時効援用権の放棄」をしたことになり、その債務の一部を弁済した日からから更に5年が経過しない限り時効の援用はできないことになるのです。
もっとも、これはあくまでも原則的な取り扱いであって、このように「時効援用権の放棄」をみなされるような債務の一部の弁済をしてしまったとしても、全てのケースで「時効援用権の放棄」と判断されて消滅時効の援用権が制限されるわけではありません。
次のような場合には、仮に時効期間が経過した後に債務の一部を弁済していたとしても「時効援用権の放棄」には該当せず、消滅時効の援用が認められるものと考えられています。
(1)弁済した回数や弁済額が極端に少ない場合
前述したように、時効期間が満了した「後」に債権者の請求に応じて「債務の一部を弁済」してしまった場合には「時効援用権の放棄」に該当し消滅時効の援用が制限されてしまいますので、その債務の弁済から更に5年(ないし10年)の期間が経過しない限り消滅時効を援用することはできません。
しかし、時効期間が満了した後にした債務の弁済の「回数」や弁済した「金額」が「極端に少ない」場合には、「時効援用権の放棄」には該当せず時効の援用が認められる場合があります。
過去の裁判例でも、5年の時効期間が経過した後に160万円を超える借金の返済を求められた債務者が時効が完成しているのを知らないまま債権者の請求に応じて5,000円を1回だけ弁済した事案で、貸金債務の元金や遅延損害金の合計額に占める割合が著しく小さいことなどを考慮して債務の承認(時効援用権の放棄)にはあたらないと判断されています(福岡地裁平成14年9月9日)。
したがって、仮に時効期間が満了して債権者に促されて債務の一部を弁済した場合であっても、1回ないし数回しか弁済をしておらず、かつ、弁済した金額が債務額の合計と比較して少額であったような場合には、「時効援用権の放棄」とは認定されず消滅時効の援用が認められると考えられますので注意が必要です。
時効期間経過後に債務の一部を弁済してしまった場合には、債権者から「時効期間経過後に債務の一部を弁済したんだから時効の援用権は喪失している。消滅時効は認められない!」と主張される場合が多いですが、上記のような裁判例も存在していますので、安易に債権者の言いなりになって債務の弁済に応じるのは危険です。
ですから、もしも債権者の勧めに応じて長期間支払っていなかったような借金の一部を弁済してしまった場合には、早めに弁護士や司法書士に相談し、消滅時効の援用ができないか検討してもらう必要があるといえるでしょう。
(2)債権者が時効完成後であることを知りながら一部の弁済を執拗に迫った場合
また、債権者が債務者において時効期間が経過して消滅時効が完成しているのを認識しながら、執拗に債務者に電話などで督促を行って債務の一部の弁済をさせたような場合にも、「時効援用権の放棄」とは認定されず債務の一部を弁済した後であっても消滅時効の援用ができるものと考えられます。
過去の裁判例でも、消滅時効の時効期間が満了しているのを知りながら債務者に電話をして債務の一部弁済を求め、債務者に断られた後も複数回に渡って債務者の自宅に電話をして債務者の母や姉妹に執拗に債務の一部の弁済を求めたため債務者の妹が耐えられずに債務の一部を弁済してしまった事案で、「時効援用権の放棄」を否定して消滅時効の援用を認めたものがあります(東京簡裁平成14年10月10日)。
ですから、仮に消滅時効の完成後に債権者の請求に応じて債務の一部を弁済してしまった場合であっても、債権者の執拗な請求に困惑して弁済してしまったような場合には、ケースによって債務の一部弁済後も時効援用権を喪失せず、消滅時効の援用が認められることもありますので注意が必要です。
このような場合には、債権者が「時効期間が満了した後に債務の一部を弁済したんだから時効の援用権は消滅している。消滅時効の援用は認められない!」と主張して来ると思いますが、この判例のように消滅時効の援用が認められるケースもありますので、早めに弁護士や司法書士に相談することを心掛けるべきでしょう。
(3)債権者が債務者の無知や困惑に付け込んで債務の一部を弁済させた場合
消滅時効の時効期間経過後に債務の一部を弁済してしまった場合であっても「時効援用権の放棄」や「債務の承認」と判断されず時効の援用が認められるケースとしては、上記以外にも債務者の無知や困惑に付け込んで債務の一部を弁済させたケースや、巧みな言動で債務者を騙して債務の一部を弁済させたケースで消滅時効の援用が認められた裁判例(債権者側の主張する「時効援用権の放棄(喪失)」が否定された裁判例)が多数存在しています。
ですから、もしも長年取引をしていなかった債権者から借金の請求が来た場合において、5年から10年の時効期間が経過しているにもかかわらず債権者の督促に応じて債務の一部を弁済してしまった場合であっても、「弁済してしまったから時効の援用はできない」とあきらめる必要はありません。
このような場合には、すぐに弁護士や司法書士に相談し、消滅時効の援用ができないか調べてもらうことが必要でしょう。