自己破産の手続きにおいては、すべての債権者を平等に扱う必要があるため、一部の債権者だけを特別扱いすることは厳しく制限されています。
なかでも、最も厳しく制限されるのが「偏波弁済」といわれる行為です。
「偏波弁済」とは、特定の債権者にだけ優先的に弁済してしまう行為をいいますが、この「偏波弁済」は、免責不許可事由として自己破産の免責(借金の返済義務が免除されること)が受けられなくなったり、最悪の場合は特定の債権者に優先的に返済すること自体が「債務者の財産を債権者の不利益に処分」したものとして「詐欺破産罪」として逮捕されてしまう可能性もありますので、自己破産を予定している場合は「偏波弁済」に該当する行為をしないことはもちろん、「偏波弁済」と受け取られるような行為も一切行わないように十分な注意が必要となります。
【破産法第252条】
第1項 裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。
第1号~2号(省略)
第3号 特定の債権者に対する債務について、当該債権者に特別の利益を与える目的又は他の債権者を害する目的で、担保の供与又は債務の消滅に関する行為であって、債務者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものをしたこと。
(以下、省略)【破産法265条1項(詐欺破産罪)】
破産手続開始の前後を問わず、債権者を害する目的で、次の各号のいずれかに該当する行為をした者は、債務者(中略)について破産手続開始の決定が確定したときは、10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。情を知って、第四号に掲げる行為の相手方となった者も、破産手続開始の決定が確定したときは、同様とする。
一~三(省略)
四 債務者の財産を債権者の不利益に処分し、又は債権者に不利益な債務を債務者が負担する行為
もっとも、とは言っても一定のケースでは本人の知らぬ間に、あるいはふとした気のゆるみで”ついうっかり”偏波弁済に該当する行為を取ってしまうケースも往々にして見られるのが現実です。
では、実際の自己破産の手続きで、本来はやってはいけない「偏波弁済」をやってしまうのは、具体的にどのようなケースでしょうか?
ここでは、”ついうっかり”偏波弁済をしてしまう可能性のある3つのケースについて、それぞれ開設してみることにいたしましょう。
【1】友人や家族などからお金を借りている場合
友人や家族など、近親者からお金を借りている場合は「ついうっかり」偏波弁済してしまいがちなので要注意です。
先ほども述べたように、自己破産の手続きではすべての債権者を平等に扱わなければなりませんが、これは友人や家族などからの借金についても同じです。
たとえ友人や家族などからの借金であっても、他の消費者金融や銀行などからの借り入れと同等に扱わなければなりませんから、消費者金融や銀行、クレジット会社など、他の債権者への返済を停止した後に友人や家族などにだけ弁済を行ったような場合には、後の自己破産の手続き上で「なぜ友人や家族などからの借金だけを返済したのか」と厳しく調査され、「偏波弁済」として免責などに影響が生じる可能性も否定できません。
ですから、自己破産しなければならないほどの負債を抱えている状況において、友人や家族などからの借金がある場合には、「ついうっかり」その友人や家族などにだけ返済をしてしまわないように、十分に配慮する必要があるといえます。
【2】勤務先から給料の前借などがある場合
勤務先から「給料の前借り」をしていたり、勤務先の会社が従業員にお金を融資する「社内融資」の制度を利用しているような場合にも、「ついうっかり」会社に対して偏波弁済をしてしまわないように注意が必要です。
勤務先から「給料の前借」をしている場合、労働者としては単に「自分の給料を本来の支給日より前にもらっているだけ」という認識で「お金を借りている」という自覚がない場合も多いですから、何も考えずに勤務先に「給料の前借」をした分の弁済をしてしまい、後で自己破産の手続きに入った際に手続き上で問題になるケースがたまに見受けられます。
また、勤務先の会社が従業員にローンを貸し付ける「社内融資」の場合には、労働者側に「お金を借りている」という認識はあるものの、給料の受取口座に指定している銀行口座から毎月自動的に引き落としにされている場合もあるため、他の金融機関の支払いをストップした後もそのまま勤務先への返済を継続し、あとで問題になるケースも多いです。
そのほかにも、勤務先から「給料の前借」や「社内融資」を受けている場合には、本来であれば自己破産の手続きに先立って勤務先の会社に弁護士や司法書士から受任通知を送付してもらい、これから自己破産の手続きを開始することをアナウンスしてもらって勤務先からの請求や弁済の受領をストップしてもらうことが必要なのですが、勤務先に自己破産することが知られることを恐れるあまり、勤務先から「給料の前借」や「社内融資」があることを自己破産の手続きを依頼する弁護士や司法書士に隠したまま手続きを進めようとするケースも少なからず見受けられるのが実情です。
しかし、このような状況で勤務先に返済を継続してしまった場合には、他の債権者への返済をストップしながら勤務先からの借金だけを優先的に弁済したものとして「偏波弁済」の責任を問われる可能性も否定できません。
ですから、勤務先の会社に「給料の前借」や「社内融資」による借り入れがある場合には、それをそのままにせず、自己破産の手続きを行うことに決まった時点で会社に事情を説明し、返済をストップするなど適切な対処を取る必要があることは心に留めておくべきかと思います。
なお、「給料の前借」や「社内融資」の利用があることを、自己破産の手続きを依頼する弁護士や司法書士にあらかじめ告知しておく必要があることは言うまでもありません。
【3】恋人同士間で「立て替え」があるような場合
恋人同士などの間で「お金の立替払い」があるような場合にも「偏波弁済」とみなされる返済をしないように注意が必要です。
恋人同士などの間で「お金の立替払い」があるような場合としては、たとえば婚前旅行の宿泊先のホテル代を本来は「割り勘」にするはずだったのが、旅行の当日に「彼氏」の方がたまたま給料日前でお金がなく、「給料が入ったら来月返すから」という彼氏の言葉を信じて「彼女」がホテル代の全額を支払ったような場合が代表的な例として挙げられるかと思います。
また、たとえば結婚予定のカップルが結婚式の会場を抑えるため式場の代金をそれぞれ半額ずつ負担する計画にしていたのが、支払日が到来した時点で「新郎」にお金がなかったため、やむを得ず「新婦」が「新郎」の負担分も全額支払ったような場合も、同じような例として挙げられるでしょう。
こういった恋人同士の間での「代金の立替え」は、法律的に言えば「彼女(新婦)」から「彼氏(新郎)」に対する金銭の貸付であり、逆に考えれば「彼氏(新郎)」における「彼女(新婦)」からの借金に当たりますから、「彼氏(新郎)」が自己破産する場合には、その「彼女」や「新婦」は「債権者」として扱われることは避けられません。
そうなると、もし仮にこの事例で、「彼氏」が「彼女」に立て替えてもらったホテルの代金や、「新郎」が「新婦」に立て替えてもらった式場の代金を、「彼氏」または「新郎」が自己破産の申し立てをする前に「彼女」や「新婦」に対して支払ってしまった場合には、債権者の一部である「彼女」や「新婦」を他の債権者に比較して優先的に扱ったものとして「偏波弁済」として問題にされることになるでしょう。
このように、たとえ恋人同士の間における「代金の立て替え」であっても、法律的には「借金」となり「偏波弁済」の問題を生じさせることがありますから、そういった「立て替え」があるような場合は、自己破産の申し立て前に「弁済」してしまわないように十分な注意が必要といえます。
最後に
以上のように、友人や家族、恋人同士であったり、勤務先のような自分の生活に密接に関係している相手方との間では、自分が意識しない状況において「偏波弁済」してしまうことがありますし、「これぐらい大丈夫だろう」という安易な考えで「偏波弁済」してしまうケースも多く見受けられますので十分に注意してください。
なお、このような近親者や勤務先からの借り入れについては、近親者に与える影響の大きさであったり、勤務先に自己破産することが知られてしまうことによって生じる不利益を考えて、偏波弁済になることを承知の上であえて自己破産の申し立て前に弁済し、債務自体を消滅させてしまうケースもないわけではありませんが、そのような必要性がある場合には事前に弁護士や司法書士と十分協議を行い、裁判所から裁量免責(免責不許可事由がある場合でも特別に裁判官に免責を認めてもらう手続き)を受けられるかという点を検討する必要があります。
ですから、もし仮に近親者や勤務先に「借入」となるような負債が生じている場合には、「偏波弁済」を回避できるような弁済方法がないか、あるいは「偏波弁済」をしても裁量免責が受けられる方法はないかといった点について、余裕をもって対策を取ることができるよう、早めに弁護士や司法書士に相談し適切な対処をしてもらうことが必要であることは十分に認識しておくべきかと思います。